工房紹介

  • 「ささやき窯 楽友」
    オープンしてあと2ヶ月で5年目に入ります。 大井川流域の木材を使った、まだ木の香漂う工房、ちょっと洒落た庭やログハウス(ギャラリー楽友第2ギャラリー)、第一ギャラリーには私の作品を展示し、販売もしています。                                                                                               陶芸教室に通う生徒さんたちのにこやかな笑顔と、楽しげな会話があふれる陶芸工房です。                                                             「体験陶芸」「教室入会者」募集中です。どうぞお気軽にお問い合わせ下さい。    春休み・夏休みなどの長期休暇には、「子供体験陶芸教室」も開講します。

結婚式で両親にプレゼント

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2012年5月26日 (土)

好奇心旺盛なご婦人

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 「ささやき窯」の看板を見かけた息子さんに教えてもらい、当陶芸教室を知ったというHさん。
 使っている飯茶碗が割れそうなので、飯茶碗と小ぶりの湯呑碗を作った彼女は、出来上がった作品を前にしてこの笑顔を見せた。ちょっとはにかむような仕草の中に、「上手にできたあ」という満足感も見て取れる。

 かつて仕事先で粘土を触ったことがあるHさんだけに、粘土と仲良しになるまでにそう時間がかからなかった。湯呑碗作りはおよそ1時間かかったが、大きめの飯茶碗はそのDsc_0646


半分くらいの時間で作ってしまった。覚えの早い方だなと思う。少し緊張を要する口縁をきれいにする工程もなんなくクリア。作り上げた2つの器はとてもきれいな仕上がりだ。


 Hさんは6月から当教室に通いたいと、陶芸に意欲を示していた。水彩画の教室にも行きたいと話す、好奇心旺盛なご婦人である。



2012年5月24日 (木)

あれから5年 その2

 庭の西側一面に工房を建てた。そこには自作の小さな窯小屋と、植えて25年以上経つ2本のキンモクセイやツゲ、ロウバイなどの樹木があった。
 


 下の写真は10数年前に撮った庭の写真である。

  にわか庭師になった私が、夏休みの長期休暇を利用して敷き詰めたレンガの庭、その右隅に見える濃緑の葉を茂らせている2本の木がキンモクセイである。その左が自作の窯小屋だ。

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キンモクセイの1本には、その幹を囲むようにベンチを作った。ここに座って茶をすするのが至福のひとときだった。しかし、このキンモクセイも、その右上の、幹が数本に分かれたキンモクセイも切り倒してしまった。心が痛んだ。

 

 それらのほとんどは廃棄をしたが、残骸の幾本かを残した。そして彼らに命を吹き込んだ。単なるいたずら書きなのだが、顔を描きいれたのだ。
 切り倒した木の一部を残し、涼を与え続けてくれたこと、さわやかな気分にさせてくれたこと、甘いなごやかな香りを漂わせてくれたことへの感謝を彼らに示したかったからだ。

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切株の一つは今も生きていて、葉を茂らせる。もう一つは植木鉢の台として活躍している。

工房はこうした命を土台にして作られた。






2012年5月23日 (水)

あれから5年

 5年前の6月初め、陶芸工房ささやき窯が完成した。着工直後から、私は工房で使う大型の作業テーブル、据付の棚、電動ロクロの脇に置く台などを車庫で作リ始めた。

その当時のことが思い起こされる。


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工房建設場所は敷地内の西側で、そこには私自身が建てた小さな窯小屋があり、キンモクセイ、ツゲ、ロウバイなどの樹木が所狭しと立ち並んでい084_038_2た。垣根のカイヅカイブキも20本ほど植わっていた。


小屋の取り壊し、樹木抜根、そして整地は業者に頼むことをしないで妻と二人でやった。それをやり始めたのは、私が愛知県瀬戸市に陶芸の修業に出ている時で、工房立ち上げの構想が固まった頃、修業の後半になってからだった。それからは隔週帰省しては土日の2日間、汗まみれになりながら整地作業に精出した。鍬やスコップ、ツルハシ、チェーン084_052_2ソーなど、日ごろ使ったことがないものを手に、無理な力を入れたためなのか、右手中指が腱鞘炎になり、しばらく痛い思いをしたことがあった。


 基礎工事、建物の建築は専門業者にお願いしたが、初期設計を自身で行ったり、整地作業を根気よくしたので、まるで自分の手で作り上げたような満足感があったのを思い出す。


 あれから丸5年が経とうとしている。木の香りも次第に失せた。私が作った作業テーブルも傷がついたり汚れたり、それなりの年季が入ってきた。一番の変化は、人の出入りが絶えることがない工房になったことである。

 完成直後の工房 (自作の作業テーブルや棚も工房内で組み立てた)

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2012年5月21日 (月)

いい朝だったあ

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 日本中が金環日食に沸き始めた(だろう)7時前から、パジャマ姿、髪バサバサ状態のまま三脚に据えたカメラのシャッターを押し続けた。時々、朝食の支度をしている妻に、「早く出てきな。始まってるよ。」と声をかける。手を拭きながら平然とカメラの前に立つ彼女。「おい、そんなとこに立つなよぉ~!」と私。

 西隣の高齢者のお宅からも、東隣の幼い子供3人いるお宅からも「ウワァーすご~い。ほら、ほらぁ~!」などといった歓声が聞こえてくる。

 空一面雲に覆われてはいるものの、時折雲の切れ間から顔を見せる月に食されたお日さま。徐々に、徐々にかけていく様をわくわくした思いで見つめた。そのうち月が完全に太陽に入り込んだ。肉眼ではさほど暗さを感じなかったが、センサー付きの門灯が暗さを感知して点灯した。

 約1時間、写真を撮り続けた。もっと倍率の高いレンズを買っておけばよかったと悔やんだ。

 8時になった。毎朝楽しみにしている連続テレビ小説を見ようと部屋に入る。

「次に来る金環日食をまた一緒に見ような。」

そう妻に言うと。

「生きていたらね・・・」

「おう400歳まで生きてりゃあ見れるさ。」


 
朝食後ちょっとカメラ操作をして指輪を作った。

それを妻の指にはめてあげた。生涯で2回目の指輪のプレゼントだ。

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2012年5月20日 (日)

頓珍漢も良し

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 真理子さんとリズさんは小学校時代からの友達だそうだ。リズさんは小3の時にペルーから来た。彼女にとって真理子さんは頼りがいのあるお友達だったにちがいない。もちろん日本語は流暢だし、所作や言葉づかいは日本人以上にしとやかさを感じる。

 そんなお二人が体験陶芸をやりに来たのは、真理子さんのお母さんが一度マグカップを作りに来たことがきっかけだDsc_0531


ったDsc_0542ようだ。お母さんはそれを機に、今日からこの教室に通うことになった。


 




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基礎練習の紐作りをしているお母さんの前では、娘の真理子さんとリズさんが湯呑碗作りに挑戦した。なかなか大胆に粘土をつまみ上げるリズさん、少しずつ慎重にやる真理子さん。デコボコになった口縁を針で切り取る作業や鹿皮で滑らかに仕上げる工程では、お二人は緊張しながらも楽しそうにやり進めた。

 笑顔が絶えない、楽しい雰囲気が漂った午前中の教室であった。


 

 午後の部では、5人がそれぞれの進度に応じた粘土遊びをした。

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通い始めて5年近くになるOさんは、前回挽き上げた湯呑碗の削り作業をする。いつものように彼女は、「先生きょうは何やるだぁ?」と言って、私にすべきことを聞きただしてから始める。ロクロで削る手順も何度やっても頭に残らないらしく、この時も「先生次はどうやるだぁ?」である。このいいかげんさが良い。遊びはいいかげんな方が気が楽だ。

 Oさんの隣では、電動ロクロの名手になったMさんが黒泥の土で大きめの湯呑碗のようなものを挽いている。彼は研究熱心なので自力で様々な技法を身につけていく。そんなMさんの力を知っているOさんは彼にも助け船を求めるときがある。Mさんはいつも笑顔でアドバイスする。「癒し系だよねえOさんって・・・」と先日Oさんの話題が出た折にMさんが言ったことがあった。


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 Oさんを教えていると、Sさんが近寄ってきて私の後ろに立っている。Oさんの電動ロクロでの削りを見ているのかと思って振り返って聞くと、「先生が終わるの待ってるの。」とSさん。複雑な釉薬のかけ方をしていた彼女が、やり方がわからなくなってしまって私を待っていたのだ。Sさんは前日も陶芸をやりに来たのだが、その日は同年輩の女性とおしゃべりが過ぎてしまってやることがほとんどできずにしまったので、今日も来たのだった。

 Kさんは先週体験に来たばかりの男性だ。今日から月2度、教室に通うことになった。彼は早くこの日が来ないかと、とても楽しみにしていたのだと言う。粘土紐を均等の太さに作るのは難儀なこと。基礎練習として始めてもらった紐作りだが、案の定粘土を触りすぎてひびが入ってしまったり、均等に作ることが出来ない。それでも、「いやあ、楽しい!」とKさんは真顔で言った。楽しい、と思うのは上手にできたからばかりではないのだ。そんな風に感じられるKさんの人間臭い感性がいいなあと思う。


 そんなKさんの前では、体験陶芸に来てくれたWさんが湯呑碗を作っている。彼女はかねてから陶芸をやってみたいと思っていて、私のホームページを見て来てくれたのだった。

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理知的で、笑顔とオーバージェスチャーが印象的な明るい女性である。

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湯呑碗作り最終工程、ハラハラドキドキの口縁切やなめし皮での仕上げ作業では、やさしく美しい瞳をきりりと輝かせ、上手にできた瞬間、緊張した表情が一気に緩み、嬉しそうな表情を見せた。


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どこか頓珍漢(とんちんかん)で、でもかわいらしいOさんやSさんというおばさま方とのやりとりを、Wさんは微笑ましいと思ったのでしょう。やんわりとまあるい空気が教室に満ちていたのを感じとったのでしょう。彼女はこの教室の生徒として通いたいと即断した。また“粘土遊び人”が一人増えた。Wさんも、OさんやSさんの色に染まるかもしれない。それもまた良し、である。
  

2012年5月18日 (金)

変わらないことが幸せ

 アフリカ南西部にはいまだに狩猟採集生活を営んでいる人たちがいる。数千年変わらぬ伝統を守り続けているサン族という少数民族だ。彼らは小さな粗末な球状の草葺の家に住む。腰にわずかな布を着けただけの格好の男達は食料調達のためにひがな動物を追いかける。代々伝えられる手作りの矢に毒を仕込み獲物を射止める。が、毎回獲物を捕らえ持ち帰られるわけではない。2週間も3週間も捕らえられないこともある。その間は蓄えてある木の実などを部落民で分け合って飢えをしのぐ。

 なんとかして捕らえた小さな兎一匹を料理し、まずは女子どもに食べさせる。男はほんの一口食べるだけだ。原始的な生活。だからこそ漂う欲のないまろやかな空気。


 文化的生活に憧れないのか。今の生活を変えたいとは思わないのか。

 ハンターの若者が答える。

「伝統を守っていきたい。変えようとは思わない。」


数千年続けてきた生活に変化を求めない生き方。若者は生き生きとした瞳を輝かせながら凛として語る。続けることは大変なことだ。でも、変化がないことの中に幸せがあるのだと、今を変えたいと願い苦闘することこそ不幸なことなのかもしれないと、そんなふうに言っているようにも感じた若者の話だった。


テレビ画面はアフリカの大地に昇る赤く大きな太陽を映しだしていた。サン族の狩猟採集生活の一日がまた始まる。

2012年5月17日 (木)

種は蒔いておくもの

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 昼近く、4人の来訪者があった。私が「いらっしゃい」と声をかけるや否や、「2年ほど前の事ですが・・・」と一人の男が話し始めた。「仕事で奥さん(私の妻)が勤める会社の診療所に注文品を納入した折に、奥さんからここの陶芸工房のことを聞き、宣伝用のはがきをもらいましてね・・・」と、ズボンのポケットから“ささやき窯 楽友”のDMを取り出して私に示した。それは薄汚れ、よれよれになっていた。彼はここのことがずっと気になっていたのだという。


ギャラリーに入るや、うわぁ、いいなあ、と感嘆の声を上げた。工房兼教室に入っても、ログハウスの第2ギャラリーでも同様な声を上げた。そして幾つかの展示作品を買い求めてくれた。


男性は、「暇が出来たら陶芸に来たいと考えているんですよ。」と言って嬉しそうな表情で帰っていった。

 

宣伝用DMはちょっとお金をかけて印刷している。それをギャラリーや工房、近隣の喫茶店などに置いている。さらに持ち歩き、知り合った人などに手渡しているが、その役を大きく担っているのが妻殿である。

2年前、診療所の看護師だったころ、仕事でやってきた男性に、「私の主人がね、陶芸やっていて・・・」などと、お得意のおしゃべりに持ち込んでからDMを手渡し、「良かったら一度来てね」と誘ったのだろう。私は妻に「あまり手当たり次第に渡すなよ」などと時々釘をさすのだが、種は蒔いておけばいつかは芽が出るのだなあ、と思ったひとときだった。

2012年5月15日 (火)

宇宙に・・・

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地球上にある金はどのようにして生成されたのか。

年老いた天体は最後を迎えると爆発を起こす。それを超新星爆発と言うそうだ。爆発後には中性子だけが中心に集まってわずか直径10㎞ほどの星が出来る。それをパルサー(中性子星)という。その星は超高速で自転し膨大な磁場を発生させる。そうした星同士が激突することがある。その際発生するのが金、だという。その量は地球の数個分にあたるが、こなごなに破裂して宇宙空間を漂う。その一部が地球にも到達し、人類がそれを貴重な鉱物として利用したのだ。


 というテレビ番組を朝食後食い入るように見ていた。冬の星座オリオン座中の一等星ペテルギウスも超新星爆発が間近かもしれないという話題は数年前から聞き知っている。太陽の寿命はあと半分。地球もいずれは年老いて爆発の運命にある。


 宇宙に目を投じる。不思議な゛超おもしろい゛世界である。

吾に返って工房に向かった。今日はデイサービス施設に出向き、10人のお年寄りとケアマネージャー8人に陶芸を教える日である。その準備に追われているうちにいつもの現実に完全に戻っていた。

2012年5月14日 (月)

情けない大人

 週に一度歯医者に通っている。その駐車場でのことだ。小学3年くらいの女の子4人がかくれんぼをしている。私が子供の頃にしていたかくれんぼと違っていたのでしばらく見ていた。鬼が2人いるのだ。2人で協力し合って探そうというわけだ。鬼一人よりいい。探し出せなくてめげないですむ。近くにいた年配の男が鬼に、「あっち、あっち」と小声で隠れている場所を指さしている。2人の鬼は「ありがとうございました。」と、ぴょこんと頭を下げた。

 鬼を交代しながら、楽しそうな黄色い声を上げてかくれんぼが数回繰り返された。

すると突然、駐車場脇のアパートの2階から大きな声が飛んできた。窓を開けて顔を出したのは中年の男である。

「うるさい!静かにしろ~!」

女の子たちはびっくりしてかくれんぼをやめてしまった。「あっち、あっち」と教えてくれた年配男に近寄り「さっきはありがとうございました」と礼を言ってどこかへ行ってしまった。


 なんという男だ。優しい心で子供たちを見守れないのか。


以前テレビで、「子供が遊ぶ声がうるさいので、公園で野球をさせないでほしいと市役所に苦情があった。役所ではやむなく野球禁止の立て看板を出した」という話を聞いて、私は無性に憤ったことがあった。


 大声を出した男は、もしかしたら夜勤のため寝ていたのかもしれないし、病気だったのかもしれない。そうした事情があるにせよ、子供がのびのびと育とうとする芽を摘んではいけない。

2012年5月12日 (土)

粘土の力

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 菊練りの練習と長方皿をたたら作りという技法で作っている、まだ基本練習中のNさん。その横では、きょう新たに教室に入ったばかりのSさんが紐作りの練習に励んでいる。彼女の前でマグカップ&スプーン作りに挑戦しているのは、体験陶芸に来てくれたKさんだ。彼は、電動ろくろの前に座り、カップ類の削りをしているMさんの元同僚の方である。まだ40前の若い教師だ。それぞれが粘土遊びに夢中になっている。

 陶芸初体験というKさんは、マグカップの取っ手作成の工程で、15㎝ほどの粘土紐を自ら作った。太さが均一の紐を作るのは、練習を重ねないとなかなか上手く出来ない。Sさんはその練習をこれから8時間ほどやるが、それだけやっても均一には作れない。Kさんはそれを承知であえて挑戦した。「難しい。思うように出来ないなあ。」とKさん。

Dsc_0538 Kさんは、“陶芸大好き人間”になったMさんの影響もあるのだろう。マグカップ&スプーンを丁寧に作り上げた後、来週から教室に通いますと即断した。

 

 粘土の持つ不思議な癒し力は、多忙な人、ましてや神経が磨り減るような仕事に従事している人に効果的に働く。「仕事で嫌なことがあったから来ました。」「疲れたのできちゃった。」そんなことを言って通ってくる生徒さんが幾人もいる。


 100万年から1000万年もの気が遠くなる年月を経て出来上がった粘土だからこその神的な力である。

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