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2009年1月

夫婦合作

 2日続けて雨模様でした。乾ききった大地にも、ニンゲンの喉にもちょうどいい"お湿り"です。

 この雨をちょっぴり恨めしく感じていた人もいます。名古屋から来たお二人です。昨日は奥さんを案内して、大井川鉄道のんびり一日旅をしたのですが、そのときも、そして今日も言っていました。「ああ、また今日も富士山が見られな~い!!!」と。

 note頭を雲の上に出し 四方の山を見下ろして・・・・・富士は日本一の山notes

誰もがその端麗な姿に魅せられる。不二山、不尽山とも、芙蓉峰(富士山の雅称)とも書かれることがある富士山。やっぱり日本人にとって「一番の山」なのです。

 富士山を見たいと言っていた松野ご夫妻は、今日は体験陶芸をしていきました。夫君は電動ろくろで大きめの器を、奥さんは「タタラ作り」で六角形のドーム型蚊取り線香容器を作りました。早めに作り終えた夫君のモモさんは、手が込んだ作りのために時間がかかってしまった奥さんを手助けしていました。二人の合作とも言える蚊取り線香は、きっと今年の夏に大活躍するに違いありません。新婚生活まっただ中のお二人にとって、この助け合いこそこれからの夫婦のあり方だ、と改めて悟られたに違いありません。そうあって欲しいと、私も応援したい気持ちになりました。遠方から陶芸をやりに来てくださって本当にありがとうございました。

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今度は遠来の客人と大鉄のんびり旅

 梅花越しにSLの走り行く勇士を撮影したいと思い、また大井川鉄道に揺られて大井川を北上してきました。今回は妻と、名古屋から陶芸をやりに度々来てくれる女性、松野さんも一緒です。温泉に入った後、SLが通過する時刻を気にしながら昼食を食べていたのですが、おしゃべりに夢中になり、カメラに収めるチャンスを失ってしまいました。表に飛び出ると、SLはモクモクと煙を吐き出しながら通り過ぎて行きました。おそらくじっとシャッターチャンスをうかがっていたのでしょう。撮影スポットにいた5~6人のカメラマンは、すでにカメラを納め始めていました。

 二兎を追う者は一兎をも得ず

です。

私たちは、温泉につかり、生ビールを飲みながら昼飯を食らっていたのですから、SLに逃げられても仕方がありません。

梅花と、終点千頭駅に停車していたSLを別々に撮影するだけで今回も満足しようと思います。

遠来の客人、松野さんは、夫君の仕事の関係で島田に来て以来、茶畑広がるこの地にとても好印象を抱いています。彼女をして、「第二の故郷みたい」と言わしめるほどです。そんな彼女にさらに島田の魅力、自然豊かな大井川沿線の良さを味わってもらおうと、妻と二人で案内したのですが、きっと心に残る何かを感じてくれたことと思います。

松野さんの夫君、モモさんは一日中仕事でしたから、ご一緒できないのが残念なことでした。しかも、私たちだけのんびり旅をしていたこと、申し訳なかったですが、私の家に寄っていただき、夕飯をご馳走することでお許しいただきました。

good写真をクリックすると拡大写真が見られます。

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28年目の屋久島

 昼食を一人で摂りながら、かつて私自身が作成したDVDを見ました。『28年目の屋久島』という題名です。いつもは昼のニュースを見ながら食べるのですが、テレビ台下部のケースに収めておいたそれが目に入ったため、取り出したのでした。

 新婚旅行で屋久島に行ったのが32年前。2度目は、4年前でした。つまり28年目の屋久島旅行だったのです。

初めて屋久島を訪れた32年前は、世界遺産に登録されるずっと前でしたから、観光客も極めて少なく、大きなホテルなど一つもありませんでした。私たちが泊まったのは小さな民宿です。レンタカーなるものも島にはなかった時代ですから、私たちはひたすら歩くか、ヒッチハイクをしながらの屋久島巡りでした。島の景観の素晴らしさ、そして何よりもそこで出逢った島民の人情の厚さと素朴さに感動したものでした。

 2度目の訪問の目的は、32年前に大変お世話になった松田さんという婦人を訪ねること、そして屋久島の最高峰、宮之浦岳縦走でした。DVDは、その時の思い出の写真を動画風に編集して収めたものです。

 紺碧の海、数千年という時を経て尚凛として立っている屋久杉の群落、神が興に任せて作ったかと見まがうほどの巨岩彫刻の数々・・・。

私は食事を摂りながら、自分自身が写した写真を凝視し、心は屋久島で遊んでいました。

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無人駅

 地元の鉄道、大井川鉄道に乗って金谷~千頭間の往復をしてきました。

いつもは車を使うのですが、大井川左岸に沿ってのくねくね道ですから、運転手である私は景色を楽しむ余裕などありません。しかし、きょうは違います。行きは、2両編成の古びた車両の全席を独り占めです。なんせ乗客は片方の指で足りるほどしか乗っていないのですから。

 見慣れたはずの景色ですが、車窓からは初めてのように見えるから不思議です。私はゆっくりと後ろへ飛んでいく景色を追っていました。そのうち眠気が差してきます。電車が大きく上下動したり、左右に揺れたりする度にハッとして目を覚ます。そんな繰り返しをしているうちに川根温泉駅に到着しました。湯につかり、昼食を食べ、2時間余りをそこで過ごしました。

 無人の「川根温泉笹間渡駅」から再び電車に乗り、今度は「田野口駅」で降りることにしました。駅前の店で名物おでんを食べたかったためですが、残念なるかなお休みでした。次の電車まで1時間あります。40分ほど茶畑の斜面に点在する家々を眼下に見ながら山道を歩きました。

 駅の待合室は私一人だけ。次の電車が来るまで無人駅の待合室で感慨に浸っていました。私が座っている長椅子、かつては駅員が切符を売っていた窓口にはめてあるガラス窓の枠、駅員が使っていたであろう机・・・、全てが無垢の板で作られています。それらは長い年月を経て、重厚な色合いを見せていました。

 駅員も乗客もなし黒光る机とベンチ吾一人居て

 

 

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ワッホー!

 2日間書けませんでした。寝るのが遅くなってしまい、パソコンの前に座る前に布団に潜ってしまうからです。

 一昨日の土曜日、毎週通っている「仲良し嫁・姑さん」が電動ろくろ練習の2回目に入りました。

 「ゆみちゃんって本当に上手!」

といつもながら嫁さんを称える義母。

でも、嫁さんに競争心を燃やしているのです。

「ワッホー!! どう先生、うまくできたでしょ!?」

なんとも可愛らしい義母だなあと、私は心で笑ったり褒めたりしています。

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読み聞かせ

「読み聞かせの会」の一員に加えてもらって、初めての出番の日でした。

私が選んだ本は、『1月のおはなし』(ぎょうせい出版 山主敏子編)です。随分前に全12巻を買い、幼かった我が子に読み聞かせていた本です。

今日は1月23日。日本で最初にノーベル賞を受賞した湯川秀樹さんの誕生日です。そして、私自身の誕生日でもあります。そんなわけで、この本の「1月23日のページ」に載っている「勉強の好きな秀樹さん」を読み聞かせました。

 読み聞かせる前に、ノーベル賞のこと、日本で最初にノーベル賞をもらった人はだれかを子供達(小学4年生)が知っているか問うてみました。すると予想外の返事が返ってきました。

「ノーベル賞て何?」

「最初にノーベル賞をもらった人・・・・???」

昨年、日本人物理学者3人が揃ってノーベル賞を受賞した興奮はまださめやらぬ時です。子供達にノーベル賞のこと、受賞した益川さんたちのことなどを教える絶好の機会だったはずですが・・・。学校ではどうもそのことを取り上げていなかったようです。

 子供達は眼をしっかりとわたしに向け、食い入るように聴いてくれました。そのことは嬉しかったのですが、ちょっと残念に感じた一こまでした。

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未亡人会

 購入予約を頂いていた長方皿(39㎝×17㎝ 厚さ7㎜)を届けに行きました。買っていただいたのは近くのご婦人、Mさんです。60歳半ばくらいでしょうか。すらりとした体躯、いつも品の良い着こなし、知的な物言いをする方です。

「こないだの酒器で、みなさんと飲んでますよ。」

Mさんは、昨年11月の展示会の折、数人のご婦人方を案内して来てくださいました。そして、ギャラリーに展示してあった冷酒器を皆さんと買い求めてくれたのです。それを使ってくださっているというのです。

「一番元気がいいSさん覚えているでしょ。彼女はすごいんですよ。演劇をやる、合唱もやる、織布も・・・、とにかくいろいろな事に挑戦しているの。」

60半ばを越えて尚、青年のごとくの好奇心があるSさん、そして冷酒器を買い求めてくれたそのお仲間はとても元気いっぱいのご婦人達でした。

"未亡人会"

これが彼女達の会の名前だそうです。

「私もようやく仲間に入れてもらえたのよ。」

Mさんは1昨年ご主人を亡くされたのです。

夫に先立たれて一時は心穏やかならぬ日々を送ったに違いありません。

それをなんなくクリアして、以前にも増してはつらつとした人生を送っている"未亡人会"ご婦人方。仲間と共に、前向きに生きようとしている彼女達。世の男性諸氏が妻に先立たれたとしたら・・・。女性の力強さにはかなわぬかもしれません。

 国背負うリーダーの差よオバマ氏に夢託す国偉大に見ゆる

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pole pole(ゆっくり ゆっくり)

 県立美術館で「富嶽ビエンナ-レ展」を鑑賞してきました。

いつ見ても圧倒されます。

発想の意外性、感受性の豊かさ、色彩の斬新さ、鑑賞する者の眼と心を奪い取るほどの強烈なメッセ-ジ・・・・。

人生の後半は、陶芸を生業としながらも、のんびりと日々を過ごそうと思っています。ブ-タンの高層の言葉にもありました。

「スロ-・ダウン(ゆっくりと)」

昨夜、BSハイビジョンの「地球に触れる」を見ました。キリマンジャロ登頂に挑むNHKの若手男性アナウンサ-が高山病と闘いながら歩を進めていると、現地の人が「pole pole(ぽれ ぽれ)」と声を掛ける。「ゆっくり ゆっくり歩きなさい」と言っているのです。

そう、私のこれからの生き方は「ぽれ ぽれ」でありたいとその番組を見ていて改めて思ったのでした。

でも、富嶽ビエンナ-レ展の傑作を前にして、にわかにせかされたような気持ちになりました。「後が知れているのに、なにをのんびりと構えているのだ。ほれ、お前もあのような作品を早く作ってみろ!」そうせかす声がどこからか聞こえてくるような気がしました。

「pole pole」

何といい響きの言葉でしょうか。やっぱりこちらに私は傾いて歩いていこうかなぁ・・・。

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タイムスリップ&家族で作陶

体験陶芸に来てくださった方、今日は9人でした。午前中は私の高校時代の同窓生5人が来てくれました。懐かしい人たちです。当時、彼女達は演劇部員でした。女性ばかりの部活動のため、男性役も女生徒がやっていました。ところが、脚本の関係か、どうしても男子生徒の役者が必要になったのでしょう。私と、もう一人の男子生徒が「頼まれ役者」として出演することになったのでした。そんなことから、今日来てくれた同窓生5人は、私のことを同じ演劇仲間という感覚をもっていたようです。ワイワイ言いながら作陶し終わった後、皆でおしゃべりしていると、「高校時代に戻っちゃうよねぇ」と誰かが言いました。

 高校を出てから40年という歳月が流れました。でも今日は、40年前に逆戻りして、ちょっぴり懐かしさに浸ることが出来た日となりました。

 午後は、家族4人がそれぞれ特徴的なマグカップを作っていきました。

粘土遊びを楽しんでくれたのは、美容院を営んでいる父母と娘さん2人です。

お父さんのマグカップはゆがんだ取っ手、底辺部のやや厚い側面が特徴的でした。ユニークな感性の持ち主だなと思いました。お母さんのカップは取っ手が大きくて厚い、男性的なものです。高校1年生の娘さんのは、きっちりとした作りです。6歳の妹さんは、私のアドバイスを受けながらも、自分の思いをはっきりと作品に出していました。

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幸せって何 ~その2~

 このごろギターをつま弾くことが多くなりました。休眠状態だったクラッシックギターはケースから出られて大喜びです。古い楽譜を引っ張り出して、何曲か弾いていたら、小さなメモ用紙がヒラリと足下に落ちました。14年前、地区の婦人会の集まりに招かれて、お話と弾き語りをやったときのメモでした。確か、幸せとは?・・・、というお話をした時のメモです。何かのテレビ番組に登場していた女優の檀ふみさんが語っていたことを書き留めたものでした。

 「春、夏、秋、冬。季節が移ろいゆくとか、花が咲くとか、落ち葉が落ちるとか、そういうものがふんだんにあるところに居たいし、人の素敵な言葉とか行為がよく見える場所にずっと居られれば、それが一番幸せですね。」

 

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幸せって何? ~その1~

 一昨日の静岡新聞、「NEWS交差点」を読んで、ブータンという国家の"豊かさ"を再認識させられました。

 国内総生産(GDP)は日本の4千~5千分の一という世界の「最貧国」でありながら、05年の調査では90%以上の人が「幸せ」と答えたそうです。06年の英国の調査によると、世界178カ国中、ブータン人の幸福度は北欧に並ぶ8位、日本人は90位・・・。

 ブータンの掲げたGNH(国民総幸福量)という言葉を知ったのは昨年末のことでした。折しも世界同時不況の波が日本にも派生し、多くの失業者が出始めたころです。日本の政界も揺れに揺れ、こんな政治家が日本の舵取り役であることに憤りを感じていた時期でもあります。そんな思いがあって、「国家というもの」という、国家を揶揄したオブジェを陶器で作り「里山アート紀行」の展示会時、私のギャラリーで発表したものでした。

 私は、国家全体の幸福を目指すための指標であるGNHを憲法に盛り込んで取り組もうとしているブータンに、深い関心を寄せています。

 「どうしたら幸せになれますか?」

「スロー・ダウン(ゆっくりと)。自分も他人も追いつめてはダメ。少し立ち止まってみては?」

 新聞記事の最後はこう締めくくられていました。記者の問いに、ブータンチベット仏教の高層が答えた言葉でした。

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寒風の中で紡ぐ命

 ささやき窯のシンボルツリー、コブシ君が全ての葉を脱ぎ捨ててから何日経つでしょう。とても寒そうに見えます。きのう、今日は殊更コブシ君も寒かったに違いありません。芽吹きの準備どころではないかもしれません。

 よく見ると、枝先のそこここに小さな蕾をつけていました。

寒風に吹かれながらも、忘れることなく命を紡ごうとしています。

そのけなげさに私は思わず拍手をおくっていました。

good写真をクリックすると拡大写真が見られます。

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幼子に還った母

 幼子に還った母を施設に訪ねました。

いつものことですが、私は言葉を失ってしまいます。

 

  己が名すら言えなくなりぬ七つの子我歌わば口ずさむ母

 

  眼前に息子居るも虚空に遊ぶ母の瞳

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 弛緩した心

 寒い一日でした。冬将軍は各地で暴れ始めたようです。冬はこれでなくっちゃぁ~。寒さを体感するからこそ春の訪れが待ち遠しいのです。ありがたい「将軍様」なのですねぇ。

でも、さむ~~、ブルブル。工房に入りたくないよう。

おかしなものです。元旦は2500mの雪山で初日の出を拝んだときには今日ほど寒さを感じなかったのに、しかも山頂は-20度はあったのに。極寒の中にいるのだという気構えがあったからなのでしょうか。そのときと比べ、今日は雪が滅多に降らない静岡のこの地で、ストーブの温風に当たりながら居間でテレビを見ていたのです。寒さに対する気構えなどあろうはずもありません。弛緩しきった心は寒さに抗することなどできません。

 さあ、出かけようかな。寒いけど。茶畑をぬっていつもの散歩コースへちょっくら。

good  赤く染まりかけた広い農道と茶畑

Noudou

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かわいい入会者

 ささやき窯 楽友陶芸教室にかわいい会員さんが登場です。小学校1年生の女の子です。

彼女は今までに2度「体験陶芸教室」に来たことがあります。最初は「ささやき窯 楽友」オープン記念(昨年7月6日)体験陶芸教室でした。その時はお母さんと一緒に、2度目は11月2日にお父さんと。そして今日は幼い妹と一緒にお母さんとやってきて、正規の会員として入会をしました。今までの会員さんで一番若い方は26歳でしたから、正真正銘の最年少会員さんになります。

 Aちゃんは、こんなもの作りたいと、紙に絵を描いて持っていました。マグカップ、お皿、茶碗など5種類の器が色付きで描いてありました。彼女の陶芸に寄せる意欲の大きさに感心させられました。聞くところによると、Aちゃん自らが「陶芸をやりたい」と言ったのだそうです。子のそうした思いにちゃんと応えてあげた親御さんにも感心してしまいました。

 2人のご婦人が既に作業机で紐を作る練習をしていましたので、Aちゃんを彼女達の前に座らせ、同じ練習をしてもらいました。直径10mm、長さ30㎝の粘土の紐を10本作る練習をさせたのですが、太さは均一にできなかったものの、ほぼ同じ長さの紐を短時間に作り上げてしまいました。そして手ろくろを使い、作った紐をらせん状に積み上げる練習を、同じ事をしているご婦人に負けずとも劣らないほどしっかりとやり遂げてしまいました。

2時間半の間、大人と一緒のことを飽きることなくやることができたAちゃんは、満足そうな顔をして帰っていきました。この子はきっと子供らしい作品を一杯つくるに違いないと確信しました。

 Aちゃんと作品

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ネパールからの年賀状

その1

 元旦に届けられた年賀状の中に、今年もヒマラヤの山に挑戦しているS氏からのものがありました。彼は毎年のように、年末年始の数週間を自費で地元の登山ガイドであるシェルパを雇ってネパールの高山歩きをしている方です。、そして今年はメラ・ピーク(6476m)の山頂に立つ計画を立て、「元旦の朝、登頂の予定です」と書いた賀状を送ってきました。日本山岳会の会員として数々の山を制覇した山男です。彼は凍傷で指先を失っても尚、こうした雪深い高山に挑戦し続けています。そんな彼から時々「一緒にヒマラヤに行きませんか!」と誘われますが、私は日本の小さな雪山だけで精一杯です。

 昨日またネパールから賀状が届きました。S氏の登山ガイドをしているシェルパの青年、ダワ・シェルパ君からでした。小柄ながら強靱な脚力の持ち主で、高所をまるで平地を歩くが如く登っていくのだと、S氏から聞いたことがあります。ダワ君とは3年前に立山の山小屋で一度、そしてS氏のお宅で一度会っただけですが、ネパールに帰国後、時々メールや賀状を送ってくれます。日本人以上に礼儀正しい、瞳の澄んだ素晴らしい青年でした。

今回の彼からの賀状には

 ナマステ!こんにちは!

 お元気ですか?2009年はネパール訪問いかがでしょうか?

 ご連絡を楽しみに待っています。

 宜しくお願い申し上げます。

 びっくりしました。片言の日本語しかしゃべれなかった彼でしたので、彼とのメールのやりとりは英語とローマ字が主だったのに、こんなにも立派な日本語で書き送ってくれたのです。

「ネパール訪問」 

出来ればそうしたいなあ!ダワ君の成長した姿も見てみたいし・・・。

その2

 島田市にある「ウッドショップ・シンマ」に息子と立ち寄りました。我が工房、「ささやき窯 楽友」の建築を請け負っていただいた店です。ここには目を見張るほどの銘木が幾つも陳列されています。ケヤキ、トチ、栂などなど。木材に関して門外漢の私ですら「良い、立派な材だなぁ!」と感嘆してしまいます。木工家具職人を目指して勉強中の息子にとっては尚更です。興味津々で見て回っていました。陳列されているテーブルや椅子など、どれも落ち着きのある控え目な感じながら、木の温もりと素材を十二分に生かしたものです。

 こうした製品を作る源は、店長や奥さんの誠実で実直なお人柄、そして従業員の方達の卓越した技術力にあるのだろうと思いました。

 

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隠し味?

 家山にある“の~んびり ほんわか ”となるような喫茶店「お茶ぼっこ」のご主人、ご自分のブログで自身のことを「ひのおやじ」と紹介しています。彼の綴るブログはとても優しい目線で書かれているので、読んでいて心が温かくなります。

 店で出す和菓子やシフォンケーキはひのおやじさんの手作りです。美味しい!

もちろん彼が手で挽くコーヒーや抹茶もとてもおいしいのです。

なぜかって?

それは隠し味をちょっぴり入れているからです。

わたしたち夫婦はときどきここを訪れるのですが、その「隠し味」に触れるためでもあります。

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ゆっくり急いで

「明けましておめでとうございます。ゆっくり、急いで、ほんのちょっと前進して生きています。」

 こんな年賀状を頂きました。昨年1年間、共に陶芸の勉強をしてきた仲間からのものです。私が在籍した愛知県立瀬戸窯業高等技術専門校、陶磁器製造科には全国から集まってきた30人の「同級生」がいました。大学卒業したばかりの22歳から、定年直後の60歳まで様々な年齢層がいました。年賀状をくれた仲間は52歳でした。「ゆっくり、急いで」は、彼の年齢から来る思いらしく、時々口に出していました。

 彼も私と同様、れっきとした職を持ちながら、あえて退職してまで陶芸の道に入り込んだはいいが、年齢は既に半世紀以上も経てしまっていることを大きな問題として抱えていました。1年間の陶芸修業を終え、はてさて、これからどうなるものやら不安いっぱいの再出発。この年齢故に、「急ぐ」必要があります。でも、泰然と構えたいという思いもあるのです。

 私も、「ゆっくり、急いで」「ほんのちょっと前進」したいと、改めて彼の賀状を読んで思いました。

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茶処の山 「茶」を描く

 風邪気味です。皆さんはいかがでしょうか?

昨年は1年間病気一つしなかったのですが、今年は初めからちょっと辛い数日間を送っています。しばらくゆっくりしなさ~い!というメッセージなのかもしれません。

 午後、ちょっと散歩をしました。広がる茶畑をぬって歩くのはとても気持ちが安らぎます。この時期、空気が乾いているので富士山や南アルプスが鮮明に望めます。標高が200メートルほどある牧之原台地ですから、散歩するコースからはそうした山々以外にも、伊豆半島や駿河湾も目に入ってきます。北西には粟ケ岳がにょきりと顔を出しています。500メートルほどの低山ですが、とても主張の強い山です。何と言っても、東洋一の大茶園ひろがる地域ですから、それをこの山はアピールする役割を担っています。

 切り開いた斜面に、杉の木で「茶」という文字を描き出しているのです。(写真の通り)

私はこの山が好きで幾度となく登っています。(いや、車で山頂まで行くことも何回かあったかな)今日は殊更鮮明に「茶」という文字を浮き出していました。

good写真をクリックすると拡大写真が見られます。

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八ヶ岳山頂で祈ったこと

 あけましておめでとうございます。本年もご愛顧の程宜しくお願い申し上げます。

八ヶ岳の北横岳山頂(標高2472m)で初日の出を拝みました。

年越しを雪山でするのは8回目となります。12月31日に入山し、のんびりと白銀の中を歩き、宿泊場所のヒュッテに到着します。山頂直下にある山小屋なので、初日の出を見るために山頂に登るにはもってこいの位置にあります。

 元旦の朝、小屋の外は-15度でした。完全防備で山頂に立ちましたが、手足の指先がしびれるほどでした。日の出を待つ人たち(小屋に宿泊した人たち)16人は、寒さに震えながらじっと東の方向に目を凝らしていました。山頂からは八ヶ岳の全貌はもちろんのこと、南アルプス、北アルプス、中央アルプスなどの名峰が一望できます。その山々はすでに薄い赤色に染まっています。やがて秩父山塊の背から橙色の小さな光が見え始めました。山頂に集う人たちは心静に初日の出を拝みます。私は太陽の神々しさに目頭が熱くなりました。同室の女性の一人は涙があふれ出て止まらなかったと、朝食の時に話してくれました。

 陽光は地上のあらゆるものに等しく注ぎます。私は厳かな気持ちで祈りました。祈ることしか力を貸すことができませんから、山の背から生まれ出たばかりの太陽に向って力強く祈っていました。「紛争のない世界が早く訪れますように!誰もが等しく最低限の文化的な生活を営む事の出来る世界が来ますように!」と。

 3年ぶりに白の世界の中で新年を迎えた今年は、私の新しい挑戦を進化させる年にしたいと思います。

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