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2009年5月

にぎわった工房にやがて夜のしじまが

 午前の部5人、午後の部5人の方々が楽しそうに、和やかに粘土と戯れて工房を後にしました。現在午後6時40分です。一日中にぎわった「ささやき窯 楽友」工房の作業机に、柔らかな西日があたっています。乾燥棚や作業机には、皆さんが作ったランプシェードや、一輪挿し、蚊取り線香立てなどが、満足げな顔をして乗っかっています。

今日も工房に来られた方々と楽しい充実したひと時を送ることができました。

 工房に静かな夜が訪れようとしています。

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あの時聴いたあの曲 その3

 1969年。私が大学に入学した年である。まだ学生運動が真っ盛りの頃だった。私が入学した大学もご多分に漏れず、ヘルメット姿の学生がキャンパスを闊歩していた。入学式も挙行されないまま幾日か過ぎた。

 私は、横浜の野毛坂近くの3畳一間の下宿で悶々としていた。そのうち家を出るときに母からもらった僅かなお金が底をついた。最後のお金で大きな硬いフランスパンを買った。それで1週間は食いつなごうと思った。

 数日後、私は古本屋にいた。段ボールに詰めて家から持ってきた単行本や文庫本を売るためだ。

ザックから本を取り出そうとしたとき、ピアノ曲が耳に入ってきた。中学時代からクラッシック音楽に親しんでいた私は、とりわけピアノ協奏曲が好きだった。この時聞こえてきた曲も協奏曲だった。でも初めて聞く曲である。本をザックから取り出す手が止まった。曲に引き込まれていた。

私はカウンターの店員に曲名を聞いた。彼は知らなかったが、作曲者はベートーベンじゃあないのかと教えてくれた。

私は幾ばくかのお金を得た後、そのまま下宿に帰らないで近くの「音楽堂」という会館に足を運んだ。ここは総譜を見ながら、ヘッドフォンで音楽鑑賞ができる所だ。私はお金のかからないここを時間つぶしの場所としてよく利用していた。

さっそくベートーベンの索引を調べた。

ピアノ協奏曲第5番変ホ長調「皇帝」であることがすぐに分かった。

いきなりフォルテシモの力強いピアノ演奏で始まるこの曲は、私にとって驚きだった。今思えば、横浜に行ったはいいが、なかなか始まらない大学、お金が無い辛さ、空腹感、そんなみじめさを振り払うに十分すぎるほどの曲だったのではなかったか。第2楽章の穏やかな広がりのある旋律も、私の焦る気持ちを和らげてくれたのでは・・・、と今思う。

 ベートーベン作曲、ピアノ協奏曲第5番変ホ長調「皇帝」は、その後大のお気に入りの曲になった。今もこれを聞く度にあの時のことを思い出す。

 

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あの時聴いたあの曲 その2

 今から30年前の話である。私はNHKのど自慢に出場した。

 20代の別れの記念に何かしたいと考えていた。そんな時、ちょうどのど自慢大会が島田市で行われることになった。「これだ!」と、すぐに予選出場のハガキを出した。

 歌う曲を書かねばならなかったが、なかなか決まらない。若さと沈着さ・・・、そんな表現ができる曲がいいとは思っていた。と、ある日、テレビで芹洋子さんの歌を聞いた。クリスタルな歌声に私は引き込まれた。初めて聞く曲だ。新鮮だった。心が洗われた。若い力と優しさがあふれていると思った。

曲名は「坊がつる賛歌」。広島高等師範の山岳部の部歌が元歌という。1952年に九州大学の学生だった作者達が大分県の九重連山の山小屋で作った替え歌が山の仲間に広まったものだそうだ。

notes人みな花に 酔うときも 残雪恋し 山に入り

 涙を流す 山男   雪解(ゆきげ)の水に 春を知る

 四面山なる 坊がつる 夏はキャンプの 火を囲み

 夜空を仰ぐ 山男 無我を悟るは この時ぞnote  

歌詞は9番まである。「・・・星を仰ぎて 明日を待つ」「・・・メランコリーを 知るや君」「・・・もののあわれを 知る者ぞ」などといった歌詞が並ぶ。私好みの歌詞だった。決めた。

メロディーも歌詞も暗記出来ないかも知れない。それでも私はハガキに「坊がつる賛歌」と書いて送った。

予選当日、島田市民会館の客席は満席だった。出場者も歌謡曲部門は250人余りと大勢だ。本選への切符は簡単には手に入りそうもなかったが、予選出場だけで本望だった。

私は左手に書いた歌詞をちらちらと見ながら歌った。私が担任するクラスの男子生徒5人が横断幕を振って応援してくれた。予選は夕方7時近くまでかかった。本選出場はあり得ないと思い、生徒と夕食を食べた後「そろそろ帰ろうか」と私は言った。生徒の一人が言った。「わからんじゃん、最後まで見ようよ」

再び会館に行った。予選が終わりかけていた。

いよいよ本選出場者の発表である。歓声があちこちから上がる。

なんと私も選ばれたのだった。生徒と飛び上がって喜んだ。

あれから10数年経って、私は山の魅力に取り憑かれた。妻とあちこちの山に登り始めた。「坊がつる賛歌」を山道を登りながら口ずさむ。山頂で、無人の山小屋で大きな声を上げて歌う。20代の別れの記念に出場したときに選んだ歌は、今も私にとって新鮮で大切な歌の一つになっている。

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粘土の不思議な力

 電動ロクロの前に座って作品づくりに夢中になる2人。今日の体験陶芸のお客さんは若き女性だ。一人は美術大学で陶芸を専攻したという方、もう一人は初心者である。お二人とも20代半ばの見目麗しき方たちだった。活き活きとした明るいお二人だ。

 陶芸を大学で専攻したというSさんは流石だ。陶芸からは何年間か離れていたとは言え、ロクロさばきは体が覚えている。見事な大きめの飯椀が2個出来上がった。

一方のMさん、初めの一つは私がつきっきりで手ほどきしたが、他の3個は一人で挽き上げた。これが初心者かとびっくりするほどしっかりとしたものを作り上げた。

 お二人とも同一職場で働いているという。多忙な中にあっても、こうしたゆとりの時間を持とうという気持ちが素晴らしい。無心にロクロを挽くお二人の姿を見ていて、粘土の人を夢中にさせる不思議な力をあらためて感じた。

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あの時聞いたあの曲 その1

 ラジオを聞きながら仕事するなんて、一般の仕事場では不謹慎なことだ。私はそれを毎日のようにしている。だから「仕事」とは言えない。「遊び」ながら、と言い換えた方がいいかもしれない。いつもは聞き流すことが多いのだが、今日は手を休め、目を閉じて聴き入ってしまった曲がある。

ダ・カーポ(夫婦デュオ)の『いいことだけ考えよう』である。

notes目の前に逃れられない 波が押し寄せてきて くじけそうな時 この言葉を 胸の中でつぶやく 「いいことだけ考えよう」 太陽(ひ)が昇り 鳥が鳴き 世界は今日も音楽をかなでる 夢見ることが始まり 夢見ることがすべて・・・・・暗闇にもがいてみても どうにもなるものでもない

・・・「いいことだけ考えよう」 道が開け 風が吹き 再び明日を踏みしめる日が来る・・・・」note

一昨年4月、早期退職して単身愛知県瀬戸市に移り住んだ。陶芸の修業をするために。

私は年甲斐もなくセンチメンタルな心持ちになった。おもしろい人生が開けそうなワクワク感と、将来がよく見えないという不安が交錯していた。

そんな時に聞いたのがこの歌だった。心打たれた。不安が吹き飛ぶように思えた。

 

作業する手を休め目を閉じ、あの時のことを思い出していた。

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開花したアマリリス

アマリリスの大輪が開いた。

鉢中の球根は窮屈な思いをしながら冬越えをした。

ものの本によると開花は5~6月、生育適温は18~23度。

正にそのとおり。忘れることなく花を咲かせた。

昨年7月、工房のオープン時に瀬戸窯業技術専門校の仲間から頂いた花である。

共に陶芸の修業をした級友たちの祝福の意が込められた大切にしたい花だ。

早期退職し、将来への大きな不安を抱えて陶芸の道に踏み出した時に贈られた花である。それが再び大きな花を咲かせた。

陽を浴びて咲く花を愛でながら、私は勝手に解釈した。

私の将来、きっとこの花のようになるぞ、と。

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作陶の小道具たち  最終回

 古タオル・串・スポンジなど、陶芸で使用する道具の中でも脇役ともいえるものほど私はその存在の大きさを感じています。新聞紙もそのひとつです。スライスした粘土の下に敷いたり、急激な乾燥を避けるために作り終えた作品を覆ったりと、これもなくてはならない道具です。剣先・クレイカッター・かきべら・こてなどの主役級道具ともども、工房での作品作りを支えてくれています。

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作陶の小道具たち その3 スポンジ

あたい、よく言われるの

君って本当に柔和で包容力あるねって

これ、あたいの自慢なの

教室に通ってくる生徒さん、必ずあたいを使ってくれるよ

粘土板にしめりけを与えたり、作り終えた器の口縁をきれいになでたり

机にこぼしてしまった水をサッと拭き取ったり

とにかくあたい大活躍するんだ

でも悩みがあるの

すぐぼろぼろになっちゃうんだ

ううん、痛くはないけどさ

小さくなっていくあたいの体見るの辛いんだ

でも、どんなに小さくなってもご主人は最後まであたいを大事に使ってくれるよ

水分を吸い取る力はなくなちゃうから

ご主人様、今j度は絵の具やベンガラなんかをあたいに含ませて

器や花瓶にポンポンと軽く押すようにして塗りつけたりしているよ

筆の代わりなんだってさ

あたいとっても貢献しているでしょ

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作陶の小道具たち その2 ねぎま

俺、「ねぎま」ってんだ

同じ部屋には兄弟がひしめき合っている

部屋っていっても空き瓶さ

かつては焼き鳥屋にいたんだけどね

ねぎや鶏肉をしっかりと突き刺して

酔客を喜ばしていたんだ

捨てられる運命だったけど ささやき窯のご主人に助けられ

第二の人生をのんびりと送ってんだ

いや、のんびりでもないなぁ

俺の出番よくあるんだ

粘土の上で線引き作業やらせられるだろ

穴あけ作業なんかお手のもんさ

もちろん名前を刻むことなんか朝飯前だよ

でも、時々心配になっちゃうんだよね

ご主人、使い終わってから俺を部屋に戻すの忘れちゃうんだ

それどころか、作業机の下に落とされたまま一夜を明かすことなんてしょっちゅうさ

しっかりしてくれよな!ご主人様!

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作陶の小道具たち  その1 古タオル

 俺たちゃぁいつも汚れっぱなしの人生さ

この世に生まれたばっかしの頃は純白無垢だったのによ

人間様が俺たちを使うときにゃあ、いつも手洗い後だった

今は赤土やら、黒土なんぞで存分に汚した手をぬぐったり

粘土板とやらを拭いたり

おい、おい、痛いじゃあないか ささくれた粘土板なんか拭くからトゲが刺さちまったよ

えっ、今度は少し硬くなった粘土を包む仕事かい 

ビニールの中に押し込まれ、粘土の乾燥を防ぐ役目が俺様に課された

しかし、なんだな、一線を退いたとはいえ、

こうして手荒く扱われながらも

人様のお役に立てるのは仕合わせってもんさね

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草の生える間もない

 私が結婚して間もない頃、今は亡き祖母がよく言っていました。

「人の出入りが多い家は草が生える間もないに。」

お客さんが“しょっちゅう”出入りすると、玄関への通路の草は踏まれて大きくなれないものだ。つまり、たくさんの人が出入りするような家庭を築きなさい。そう祖母は言っていたのでした。祖母の教えは、私たち夫婦の合言葉のようになり、自然と実践されるようになっていきました。

 昨年7月、「ささやき窯 楽友工房」を立ち上げてからは、更にお客さんが訪れるようになりました。祖母が生きていたら、お客さんの出入りを、縁側でひなたぼっこしながら目をほそめて見ることでしょう。

 

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気がつくと・・・

 気がついたら工房の窓が明るくなっていました。午前4時。工房で一夜を明かしてしまいました。あと少し、もう少しだけ・・・、と思いつつ、注文の品を作るうちに夢中になっていたのです。年齢を考えなくっちゃあいけません。60を目前にしているのですが、いや、なに、まだまだ体力があるじゃあありませんか。少しも疲れを感じないし、頭も冴えています。それでも少しだけ寝ようと2階へ上がりました。白んできた外を見ると、東の空がピンク色にわずかに染まっています。小鳥のさえずりが聞こえてきます。飛行機が赤色点滅させながら北北西に音もなく進んでいます。カラスが1羽飛行機と競争するかのように同一方向に飛び去っていきます。風もなく穏やかな一日の始まりでした。

「ああ、寝るのはもったいない」と、散歩に出ることにしました。着替えを終えて・・・・。

気がついたら8時が過ぎていました。着替えをした後、ちょこっとベッドに横たわったのがいけなかったようです。

やはり体力は年齢相応だったのですねえ。

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おもしろきかな人生は

 しばらくブログから離れてしまいました。この間、家山の喫茶店主「お茶ぼっこ」のひのおやじさんが、切り株を使った楽しい創作物を持ってきてくださったり、親戚の葬式に参列したり、重度の認知症になった母の見舞いに行ったり、市会議員選挙立候補者の事務所に詰めたり選挙カーに乗って手振りをしたり(これは妻)、もちろん陶芸教室に訪れた方々との出会いがあったりと、いろいろありました。日々の生活には思いもよらぬ展開が待ち受けているものです。「喜びと辛さ」が混交した日常のドラマがあるからこそ人生はおもしろいと、あらためて感じた日々でした。

 そして今日、「ささやき窯 楽友」工房は、生徒さんや体験陶芸の親子連れで一日中にぎわいました。

goodT君 お母さんが必死で作っている横でギターをつまびき、余裕の歌。

  大柄なT君の笑顔と、ひょうひょうとした仕草は共に粘土いじりをしている皆さんの心を和ませます。

 

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独り言で気づいたこと

4月20日のブログに私はこんなことを書いた。

「アラfォーなんていう意味不明な省略語を使うのは止めようよ」と。

誰もが分かりやすい言葉を使うことは、いいコミュニケーションを築くひとつの要素だ。

それが近年失われつつあることを私は憂いていた。

でも、日常何気なく使っている言葉の中に、省略とは逆に、語を補って使う言葉がいくつもあることに今日気づいた。

 工房で長方皿を作っていた時だ。粘土を平らに伸ばしてから端(はし)を切り落とそうと、私は独り言を言った。

「さあ、端っこを切るかな」

“端”ではなく、“端っこ”と、2語補ったのである。もちろん何気なく。

“根”も“根っこ”と言ったりする。「葉っぱ・隅っこ・角っこ」なんかもそうだ。会話では一語で表すと同音異義のため誤解を生じることがある。たとえば「が腐っているよ。」なんて話し相手に言ったとする。相手は怒り出すかもしれない。「俺の根性が腐っているって言うのか!」って。「根っこが腐っているよ。」と言えばそうはならない。

 「先っぽ・空っぽ・太っちょ」なんていうのも「先・空・太い」だけよりも、その状態が強調されたり、かわいらしい表現になったりしていい。

日常生活の中で何気なく、理屈ぬきに使っているこうした言葉は今も健在だ。

してみるとそんなに嘆くこともなさそうだ。

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光って飛ぶISSを見た

ベランダで空を見上げた  

南の空には春の大三角形が輝く

西から南へ、東から西へ赤色点滅の飛行機が行き交う

午後8時7分

予報どおり西南西からゆっくりとした速さの流れ星が現れた

ISS(国際宇宙ステーション)が太陽の光を受けて飛んでいく

博多の上空からわずか3分で能登半島沖上空に飛んできた瞬間を肉眼でとらえた

明日午前2時過ぎには再び日本上空に現れる

今度は秋田上空から仙台に向って飛んでいくのだ

宇宙飛行士があの光る物体の中で今何をしているのだろう

及びもつかない世界があの中にはある

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今日の陶芸教室

今日の教室の様子を少し書きます。

午前の部 定期会員になっている生徒さん6人がそれぞれの進度に応じて作品作りをしました。

 母娘で来ているSさんは、楕円形の中鉢の揃い物に挑戦しています。前回手びねりで2個作成し、今日はそれの削りをしていました。その後、既に素焼きし終えた2個に絵付けのための下書きをしました。

 「ささやき窯 楽友」会員第一号のAさんは、コーヒーカップ&ソーサーを8セット作っていますが、今日はソーサーとスプーンを作っていました。彼女も手びねりです。

 50代の男性Kさんは、素焼きの湯呑みに染め付けをしました。その後たたら作りでマグカップを作っていました。

 40代の男性Tさんは、電動ろくろでの挽き方の基本がほぼ終わったので、今日は作品制作に入りました。湯呑み茶碗をどうにか3個挽くことができました。初めてにしてはなかなかの出来でした。

 そして当陶芸教室最年少会員の小学校2年生のAちゃんは、大人に混じって臆することなく2時間半を集中して取り組んでいました。彼女が作った作品はランプシェードです。

 教室内にはBGM、話し声、粘土を手のひらで叩いたり、粘土板にうちつける音などが響き、とても楽しそうな雰囲気でした。

終了後、Kさんが持ってきてくれたさつまいもパンを頂きながらのティータイムです。このパンはKさんの奥様の手作りです。チーズケーキやらパイなどを作っては旦那様のKさんに持たせてくれるのです。プロ並みの腕前なので、美味しいこと限りなし。皆さんは大喜びでした。

 午後の部は臨時休業にして妻とギャラリー巡りをしました。

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田中伝次郎さんの重い言葉

 歌舞伎囃子方の太鼓奏者として活躍する田中伝次郎さんがこんな話をしていました。

「演技で大きな声を出すことがあるでしょ。そんな時は血圧がすごく上がっていると思うんです。魂の叫びっていうか、心の底から沸き起こる声。もしかしたらこのまま死んでしまうかも知れないって感じるときがあります。」

 NHKFMの「邦楽ジョッキー」を聞いている時でした。ジョッキーを担当しているのは、2代目尾上松也さん。若干24歳のまだ初々しいしゃべりをする好青年です。衒(てら)いのない朴訥な語り口調が気に入って、毎週聞いている番組です。毎週邦楽関連のゲストを迎え、様々な話題でゲストから話を聞き出す。それがまたためになるしおもしろいので、仕事しながら聞いているのです。

今日は、前述の人がゲストでした。松也さんに「趣味は?」と問われ、「仕事かな」と言うだけあって、「~もしかしたらこのまま死んでしまうかも~」と話したこともうなずけました。舞台に全力投球するからこそ言えることなのでしょう。伝次郎さんはこうも言います。

「自分に厳しくあれ」と。

私は自分に言われたような気がしました。ずしりと重い言葉でした。

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夢中になれる

 「ささやき窯 楽友」で粘土遊びに興じる年齢層は幅広い。定期会員として基礎から陶芸を学んでいる人のほとんどは40~50代(最年少は小学2年生)だが、一日体験陶芸では3歳から80歳近い人たちまでさまざまである。

だからおもしろい。

互いに交わす会話と話題がみな違っていていい。

年齢相応の作り方があって愉快だ。

歳が異なっていても共通しているものがある。

作品を作り上げたときの満足げな表情だ。

夢中になって粘土と遊ぶ姿だ。

good子どもだけで粘土遊びに興じる

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目輝かすは能動的遊び

 こどもの日、孫4人を浜岡原子力館に連れて行きました。"なんとかレンジャーショー(孫に幾度聞いても忘れてしまって正式名称わからない)"も、スタンプラリーも、お目当ての映画もあふれんばかりの人、人、人・・・。結局、なんとかレンジャーショーを最後列で見せ、もり立て役のお姉さんのかけ声に引きずられるように「ガンバレ~!」と、孫達は大声を張り上げてはみたものの、消化不良状態。満足した表情ではありません。持参したむすびを食べ、早々に原子力館を後にしました。

 車を走らせながら、私は昨日の孫達の遊びを思い出していました。車の入り込まないアスファルト道路に、柔らかな石で自由に絵を描いたり、芝生の庭でゴム跳びに興じたり、粘土で花瓶や動物を作ったりして遊び回っていました。活き活きとした表情、キラキラと輝く瞳、楽しそうな声、時々けんかをしながらも互いにゆずりあうやさしい心。

 今日、イベント会場でそうした活き活きとした表情を見ることができなかったのはどうしてでしょうか。「こどものための企画」の大部分は、子供達からすると受動的なものばかりです。子供自らの心の内から沸き起こる遊びではないということです。子供が目輝かすは、能動的な遊びの中にこそ生まれるものかもしれません。

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家族で体験陶芸

 体験陶芸に来られる方の多くは女性です。気の合う仲間、同世代同士といった方達です。ところが最近ちょっと傾向が変わってきました。家族で、しかも祖母や祖父を連れて一緒に陶芸を楽しむ、そんな微笑ましい光景が見られるようになりました。

 北海道から嫁いだ娘のところに来ていたお母さんを伴って小学生の子供と来た父親、飛び込みで母親と体験陶芸にやってきた40代の女性、3人の幼い子供とおじいさんを連れて陶芸遊びに来たご夫婦。

「ささやき窯 楽友」が目指す陶芸教室のあり方の一つが見えてきたような気がします。

goodおじいさんと幼い子供を連れてきた二組の父親

 陶芸に先立ち絵本の読み聞かせでコミュニケーションを図ります。

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goodおじいさんと一緒に作りました。

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good子も集中したけど、親はそれ以上に集中し夢中になって作ります。クリックすると拡大写真になります。

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忙しいから遊ぶ

 今日、二人の方が「ささやき窯 楽友」の会員に加わりました。一人は50代前半の男性、他の一人は40代の女性です。二人とも多忙な会社員。男性は職種柄、土日休業日であるにもかかわらず、時として出勤を余儀なくされる場合があるそうです。女性は、近々4時半出勤になると言っていました。

 現役の50代の高校教師も会員として通っていますが、運動部の顧問をしていることもあり、土日は指導に出なければなりません。

 30代前半の若者も来ています。彼も帰宅は午後11時頃です。

 教室に通う大半の会員が仕事を抱えています。それでも忙しさに埋没せず、陶芸という趣味を見つけて粘土と遊んでいきます。忙しいからこそ楽しいのです。皆さんとても素敵な表情の持ち主です。

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93歳と89歳の夫婦カツオ舟

 土佐の黒潮の海にこぎ出で、93歳になってもなおカツオを追いかける漁師がいる。奥さんはもちろんのこと、子供たちは早く舟から下りて欲しいと望んでいる。が、一向に耳を傾けない。山下天吉さんの頭の中は常に漁のことだけである。

「足が立たんようになっても、はい回って釣るよ。」

奥さんの操さん89歳は考えを変えた。漁の大好きな夫を舟から下ろすのではなく、共に舟に乗ろう。昨年から夫と一緒に漁に出るようになった。彼女は船室から漁に打ち込む夫の姿を見つめる。海に落ちやしないか心配でしょうがない。彼女は言う。「自分は足が悪いし、年取っているからね。そうなったら私も一緒に海に飛び込むよ。」

 今まで家事は奥さん任せだった天吉さんは、最近二人で自転車に乗って買い物に出かけるようになった。前を行く天吉さんは時々後ろを振り返り、奥さんを気遣う。

買い物に付き添うようになった訳を、天吉さんはこう話す。

「二人で生きていかにゃあならんから一緒に行くのさ。」

午前4時半、今日も二人の舟は沖に向った。

一昨日NHKで放送された「にっぽん紀行」、『黒潮の海に今ふたり』を妻と見て、私は妻に言った。

「俺たちもこうありたいもんだよなぁ!」

妻はクスッと笑っただけだった。

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