今から30年前の話である。私はNHKのど自慢に出場した。
20代の別れの記念に何かしたいと考えていた。そんな時、ちょうどのど自慢大会が島田市で行われることになった。「これだ!」と、すぐに予選出場のハガキを出した。
歌う曲を書かねばならなかったが、なかなか決まらない。若さと沈着さ・・・、そんな表現ができる曲がいいとは思っていた。と、ある日、テレビで芹洋子さんの歌を聞いた。クリスタルな歌声に私は引き込まれた。初めて聞く曲だ。新鮮だった。心が洗われた。若い力と優しさがあふれていると思った。
曲名は「坊がつる賛歌」。広島高等師範の山岳部の部歌が元歌という。1952年に九州大学の学生だった作者達が大分県の九重連山の山小屋で作った替え歌が山の仲間に広まったものだそうだ。
人みな花に 酔うときも 残雪恋し 山に入り
涙を流す 山男 雪解(ゆきげ)の水に 春を知る
四面山なる 坊がつる 夏はキャンプの 火を囲み
夜空を仰ぐ 山男 無我を悟るは この時ぞ
歌詞は9番まである。「・・・星を仰ぎて 明日を待つ」「・・・メランコリーを 知るや君」「・・・もののあわれを 知る者ぞ」などといった歌詞が並ぶ。私好みの歌詞だった。決めた。
メロディーも歌詞も暗記出来ないかも知れない。それでも私はハガキに「坊がつる賛歌」と書いて送った。
予選当日、島田市民会館の客席は満席だった。出場者も歌謡曲部門は250人余りと大勢だ。本選への切符は簡単には手に入りそうもなかったが、予選出場だけで本望だった。
私は左手に書いた歌詞をちらちらと見ながら歌った。私が担任するクラスの男子生徒5人が横断幕を振って応援してくれた。予選は夕方7時近くまでかかった。本選出場はあり得ないと思い、生徒と夕食を食べた後「そろそろ帰ろうか」と私は言った。生徒の一人が言った。「わからんじゃん、最後まで見ようよ」
再び会館に行った。予選が終わりかけていた。
いよいよ本選出場者の発表である。歓声があちこちから上がる。
なんと私も選ばれたのだった。生徒と飛び上がって喜んだ。
あれから10数年経って、私は山の魅力に取り憑かれた。妻とあちこちの山に登り始めた。「坊がつる賛歌」を山道を登りながら口ずさむ。山頂で、無人の山小屋で大きな声を上げて歌う。20代の別れの記念に出場したときに選んだ歌は、今も私にとって新鮮で大切な歌の一つになっている。
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