脱動力の旅あれこれ⑰~出会い~⑬
民宿にはなじみの客なのだろうか。宿のおばさんが気軽に名を呼んでいる二組の泊まり客がいた。共に親子連れである。風呂に入ろうと、1階の食堂で順番を待っていると、床を掃いたり、テーブルを拭いたりして忙しそうに働いていた臨月間近の女性=今日が出産予定日だと後から知る=が私達に話しかけてきた。静岡から自転車で走ってきたと言うと、大変驚いていた。理知的で聡明な話しぶりと身のこなしが、化粧っ気のない顔であるにもかかわらず、美しい輝きのある顔にさせていた。これから石川県羽咋市まで走るのだと話が進むと、彼女は、頑張り屋の親子がこの民宿に泊まった記念に色紙を書いて欲しいなどと、心底感動している様子だった。
私達が、この民宿「おもや」に飛び込んだ直後、スーツケースを抱えて玄関に入ってきた男性がいた。民宿に来るのにスーツケースとは・・・、といぶかしく思っていたら、臨月をひかえたあの女性の夫君であった。夕食時、少し彼と話す時間があった。彼は女性と横浜に住んでいるのだが、横浜市役所の国際課職員として上海に出張中だったという。奥さんの出産が近いので中国から帰国し、急いで奥さんの実家である民宿に来たのだった。
民宿は堤防を挟んで海が目と鼻の先にある。漁り火が揺らめいて見える。立石岬の灯台の光が薄暮の海を切り裂きながら移動していく。
北斗も私も食欲が出てきた。刺身、さざえ、海老フライ、魚の煮物など私は全部平らげてしまった。息子も全部食べきった。これで睡眠を十分にとれば、明日も100キロ以上走れそうだ。
翌朝7時、私達は今日の宿泊地、芦原温泉目指して出発した。
民宿のみなさんが手を振って見送ってくださった。私は「無事出産されますように!」と言った言葉を奥さんにおくって手を振った。
越前海岸の美しい景観を楽しみながら走る。穏やかに寄せる波が荒々しい岩を優しく包み込んでは引いていく。鋭く浸食された岩々は冬の日本海の猛攻を彷彿とさせる。岩間に流れ込む波が渦を巻きながら白く砕け散る。白濁はやがて薄青色の清澄に変化する。狭い砂浜からは海水浴客の歓声が聞こえてきた。
私達は4日目にして初めて心軽やかな楽しい気分で自転車と突き合うことが出来たのだった。
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