坂にさしかかる度にゆううつな気持ちになるが、それはつかの間のこと。意を決してペダルを踏み始めれば次第にリズムが出てくる。そして峠を上りきってしまう。
坂に挑むときの心構えが二つある。
一つは絶対に自転車から降りない、と自分に強く言い聞かせておくこと
二つ目は前方をあまり見るな、足下を見よ、ということだ。
特に長い上り坂ではこれが生かされる。峠がまだかまだかと前ばかりを見ていると、ペダルをこぐリズムがこわれ、精神的に滅入ってしまう。それよりも前輪の先あたりの路面をじっと見つめていると、平らな道に見えてくる。そして平坦な道だと暗示を掛けながら脚に力を込めるのだ。そのうち峠に到達するから不思議である。
この二つの心構えは人生を歩むときのそれにも通じる、と坂を苦しみながら上る度に思うのだ。あまり先を見すぎてはならぬ。青春期ならいざ知らず、40代を過ぎたらこの心構えが生きる指針になる。年老いていく我が身の将来の姿をあまり考えるな。我が子が一人前になるだろうか、立派に成長するだろうかなんてこともそうだ。先のことは考えなくていいのだ。それよりも今を見つめよう、今を楽しもう、体が動くうちに・・・、などとばかなことを反芻(はんすう)しながらペダルを踏んでいると、つらい峠越えも苦でなくなってくる。
車に頼らなくても、動力に依存しなくても我が身さえ健康であれば、この脚を使ってどこにでも行ける。行けることが分かった。
「出会った人々」は他にも大勢いる。サークルKで、ローソンで、ガゾリンスタンドで、あちこちの街角で印象深い人たちに出会った。水をもらうために立ち寄ったコンビニ、ガソリンスタンド、道を聞くために声をかけた人たちだ。
とりわけ旅行記に記した人たちは殊更印象深かった。なぜなら彼らのやさしさが、「苦しい自転車旅行を続ける何よりのエネルギーになった」からだ。
(自宅から石川県羽咋市までの)走行距離約500キロ、一日平均走行距離100キロ、総走行時間は55時間、一日平均走行時間11時間である。目的地の羽咋市までは5日かかった。帰りは自転車を宅急便で送り返し、私達は列車で5時間半かけて帰宅した。居眠りしている内に到着である。行きは10倍の時間と労力を費やしたのに。しかし、この5日間の感動と満足感は帰りの10倍どころか、計り知れないほどのものだった。
あれから15年が過ぎた。小学3年生ころから私に連れ回された息子は、あれ以来長いこと自転車で遠乗りすることはなかった。親父の気まぐれに突き合わされたという思いがあったのだろうと思う。仕方なく父親に従っただけだったのかもしれない。
ところが、大学3年が終わったころ、突然私に相談があった。
「オーストラリアを自転車で走りたい。休学してもいいか。」
私は即座に賛成した。嬉しかった。彼は自転車を嫌っていなかったどころか、更なる冒険旅行をしたいというのだ。かつて私と自転車で走ったときの感動と満足感が息子の体のどこかに潜んでいたのである。
彼は真夏のオーストラリアに旅だった。私が乗っていた自転車を担いで。
オーストラリアの大地を走ってきた自転車は今はゆっくりと休んでいる。彼も老体だが、そろそろ運動をさせようと思う。紅葉がきれいな時期になったら千頭、寸又峡まで彼と自転車小旅行をするつもりである。
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