« 歩く&作る&食べる | トップページ | 展示会に向け大わらわ »

2009年11月 1日 (日)

『おばあちゃん』その9

 私達家族は昭和52年に現在地に移り住んだ。それまでは旧榛原町切山(最明寺)に住んでいた。県道の拡幅工事で敷地の半分を削られ、仕方なく他地域に土地を求めたのだった。家屋を取り壊し他所に移り住むことは、若い私達夫婦には大きな抵抗はなかったが、儀祖母にとってはこの上ない辛い出来事だった。そのときのことを儀祖母に尋ねたときの記録である。

私    「牧之原に移ってくる時は辛かった?」

かね   「そりゃぁ辛いっけよ。わしゃぁ最明寺によっぽどいたかった。一人でも残りたかった。広市(隣のおじさん)っちゃんが、そんなバカなことすんなって、そんなバカなことしちゃぁ、つまらんで、(若い衆に)ついていけって、ええかん言われたに。」

    「長年むこうにいたでねぇ。」

かね   「60年いただもん。嫁に来てから60年住んでいた土地だからねえ。そんだもんで、わしゃぁ離れるのが辛いっけだよう。」

 その時の儀祖母の心境を、彼女の長女が次のように詩にしたためてくれた。

    

            懐かしきわが家よ         藁科ソヨ

 

  住み慣れし家失せぬ / 跡地に残りし柿の木数本 / 朽ちた古井戸見やむれば /

  胸つまりて涙落つ

  住み慣れし家失せぬ / 柿の実熟せど家人はおらず / 喉うるおしぬ古井戸を /

  覆いしトタンがうらめしや

 

  住み慣れし家失せぬ / 跡地にたたずみて瞳閉ず / 去来するは古井戸を /

  飾りしボタンキョウの花 / 庭を埋めしナス、キュウリ

 

  住み慣れし家失せぬ / 60年の歳月の / 思いを刻みし家失せぬ /

  母の心を想うとき/胸詰まりて涙落つ

 

  詩を寄稿してくれたソヨおばさんも齢(よわい)90の峠を越した。ソヨおばさんの母親(かねさん)がなくなったのは93才だった。

   (つづきはその10へ)   

|

« 歩く&作る&食べる | トップページ | 展示会に向け大わらわ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/519075/46646712

この記事へのトラックバック一覧です: 『おばあちゃん』その9:

« 歩く&作る&食べる | トップページ | 展示会に向け大わらわ »