工房紹介

  • 「ささやき窯 楽友」
    工房を構えて10年が経ちました。 大井川流域の木材で建てた工房を訪れた方が、「木の香がするね。」と顔をほころばせて言ってくれます。緑輝く芝庭、緑樹の庭が目と心を癒してくれます。母屋に設けた第1ギャラリーとログハウス2回の第2ギャラリーには私の作品を展示し、販売もしています。                                                                                               陶芸教室に通う生徒さんたちのにこやかな笑顔と、楽しげな会話があふれる陶芸工房です。                                                             「体験陶芸」「教室入会者」募集中です。どうぞお気軽にお問い合わせ下さい。    春休み・夏休みなどの長期休暇には、「子供体験陶芸教室」も開講します。

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2017年5月21日 - 2017年5月27日の6件の記事

2017年5月27日 (土)

東京から日帰りで楽しむ

笑顔が素敵なカップルが体験陶芸にやってきた。

早朝東京を出発、島田市から70キロほど離れた景勝地、寸又峡の「夢のつり橋」で、光り輝く若葉のシャワーを浴び、さわやかな気分に浸ってからささやき窯に来てくれた。なんと日帰りの旅行なのだそうだ。限られた時間の中で当工房にも足を運んでくれたこと、とてもうれしく思った。

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おふたりはマグカップ&スプーン作りに挑戦した。

「口数が少なくなるよね。」と、作陶に没頭する喜びを口にしながら手指に神経を集中させる。

細部にこだわらないおおらかなYさん、それを横からニコニコしながら見つめる彼、Iさん。

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やわらかな西日が射す午後の工房は、どこかのどかな雰囲気が漂っていた。おそらくおふたりが醸し出していたのだろう。

早めに完成したYさん。やや遅れて作り上げたIさん。

彼にアクシデント発生。

カップ胴体は空き缶に巻き付けて作るのだが、最後にそれを取り外さなければならない。ところが、なかなか抜けない。乾燥が進んで、粘土板が缶にギュウとくっつきすぎてしまったからだ。私とIさん、ふたりで交互に取り外し作業をするも、抜けない。隣でYさんがそれを見つめる。

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時間をおいてから再度抜き取り作業をし、やっと取り外すことができた。これもまたかれらにとって思い出のひとつになるはずである。

遠方からお越しいただきありがとうございました。

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2017年5月26日 (金)

羽化直後の蛾に見入る

午後7時、夜の部が始まる。いつものように仕事を終えたYさんがやってきた。玄関に入り、陶芸道具などが入った荷物を置くなり、「きれいな蝶がいる!カメラを取ってきます。」と興奮気味に言いながら飛び出していった。私もカメラを取って庭に出た。

門燈の光に誘われて出てきたのだろうか、ひわいろの大きな蛾がヤマボウシの幹にしがみついている。よく見ると羽の端が少し丸まっている。おそらく羽化した直後なのだろう。

2017526_019羽はまるで正絹の布地のようだ。その中央部には家紋のような文様がある。頭部を見ると透き通った羽毛に覆われ、鋸歯の触覚をはやしている。美しくもあり、グロテスクでもある。


そんな蛾をYさんは、きれい!と言いながらしきりとシャッターを押した。

彼女はカメラマンとして雑誌の編集などに携わっている女(ひと)だ。

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2017年5月24日 (水)

元気確認トレッキング 5

 蓼科湖は人造湖である。昭和27年に農業用ため池として、また観光の拠点として造られた。

大晦日に北八ヶ岳の山中で年越しをしようと、過去10数年間、この湖を右手に見ながら登山口まで車を走らせていたが、冬のこととて湖周辺には観光客の姿を見かけたことはなかった。私たちもここに車を停め、湖をゆっくり眺めることは一度もなかった。

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 今回初めて蓼科湖に立ち寄った。折り畳み式の自転車を車から降ろし、私たちは湖をゆっくりと回った。5月下旬ではあるが、標高の高いここには、まだ桜花が残っていた。湖面に八ヶ岳北端の蓼科山、幾度も登ったことのある北横岳が映っていた。


  畔には蓼科高原芸術の森、彫刻公園があった。無料で入れる野外美術館だ。きれいに手入れされた芝生が美しい。S字にくねって敷設された遊歩道の右に左に、さまざまな彫刻が置かれていて目を楽しませてくれる。

気に入った彫刻のいくつかをご紹介したい。

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快晴、しかも日曜日の12時前であるにもかかわらず人影は数えるほどだ。目を奪われる彫刻群、八ヶ岳や車山高原を背にしたのどかな湖、さわやかな高原の風、おいしい空気。どれも素敵なのに。


小津安二郎記念館、無芸荘の案内人の男が言っていた通りだ。

ビーナスラインが車山高原まで貫通したのはいいことなのだが、この地は単なる通過地点になってしまった。廃業を余儀なくされたホテルもある。

時代の流れ、と嘆息するしかないのか。

静岡と山梨を結ぶ念願の中部横断道が着々と工事が進んでいる。完成すれば国道52号線のくねった峠道を緊張しながら運転しなくてもよくなる。静岡に住む山梨や長野に向かう観光客にとっては時間短縮になっていいかもしれない。が、52号線沿線のガソリンスタンドや店などはどうなるのだろうか、と客の激減を心配したくもなる。





































2017年5月23日 (火)

元気確認トレッキング 4

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蓼科プール平に、日本映画の巨匠、小津安二郎監督が昭和30年頃から別荘として使っていた茅葺屋根の建物がある。元の場所から100mほど離れたそこに移築された別荘「無芸荘」は、小津安二郎記念館として公開されている。
ペンションオーナーに別れを告げ、蓼科湖に向かう途上、たまたまこの記念館を見つけた。一度は通り過ぎたものの、茅葺家屋の中で火が揺らめくのを見て、もしかしたら、とすぐに引き返した。

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 囲炉裏端で年輩の男女がおしゃべりしていた。

「おはようございます。観させてください。」と声をかけて一段と高い上り框で靴を脱いだ。薄暗い廊下の左側には土間の台所が、右側には囲炉裏の部屋とつながる、床の間の広い部屋があった。床の間脇に置かれたテレビには「東京物語」と思われるビデオが流されていた。テレビの前に座ってしばしそれを観ていると、「こちらに来ておかけなさい。」と、囲炉裏端の男が声をかけた。私たちはすぐに囲炉裏端に座った。

男は観光協会の方で、84歳。女性は男の同級生の奥さんだという。記念館が開く土日祝日に4人のメンバーが交代でここに詰めているのだと話してくれた。お客さんがまったく来そうもない時には、ごろりと横になることもある。どちらかというと年輩者が多いけれども、時に若い人が来ることもある。ある時、山に登った帰りに立ち寄ったという若い女性がいた。他のお客さんが帰ってもなかなか帰ろうとしない。彼女一人きりになると、自分は失恋してその癒しのために山に入ったのだと話し始めたという。はじめは、どこか辛い表情をした人だと見ていたのだが、やがて彼女の硬い表情が緩んできた。こんな年寄りだから彼女は見ず知らずの私につらい気持ちを打ち明けたのだろう。男は多弁雄弁で、いろいろなことを話して聞かせてくれた。

主な仕事は農業だそうだが、かつては教育長を務めたことがあり、教育に関する話も出た。戦前、そして戦争直後の教育を受けてきた男の目には、現在の親や教師のあり方に疑問あり、と映っている、そんな話もあった。

彼は、都会の子供たちを呼び寄せ、農業体験をさせているそうで、その時に子供たちから聞いた父親、教師像は一様に「やさしい」という。男は言う。それでいいのかなあ、と。


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 1時間ほどはいただろうか。その間他に訪れる人はいなかった。無芸荘の前の車山高原につながるビーナスラインにはオートバイや車がひっきりなしに走り過ぎている。私は男の話に耳を傾けながらも時々外に目を移した。するとアインシュタインのようなひげをたくわえた杖をつき歩いている老人に目が留まった。彼はゆっくりとした歩きで窓枠から消えていく。10分ほど経ったころ、また無芸荘の窓枠に姿を現した。そして茅葺家屋の前にある木造のベンチに腰を下ろした。どこか作家然とした雰囲気をもつ老人だったので、思わず私は彼に声をかけた。「書き物をしている方ですか?」

そうではなかったが、90を過ぎてはいるが、毎日ビーナスラインの坂の上り下りをして体力維持をしているのだと言った。


時間が許せばこの老人とももっとおしゃべりしたいと思った。

2017年5月22日 (月)

元気確認トレッキング 3

朝6時、高地での散歩をしてから宿に戻ると、庭に数か所置かれた野鳥寄せの餌台に3羽のウソが舞い降りてついばんでいた。餌台から1メートルほどの所に人間がいても警戒心はない。毎日こうしているのだろう。ここに来れば餌が得られる。ペンション夫妻の優しさはここにも見て取れた。

私はカメラを構えて小鳥たちのかわいらしい様を何枚も撮った。

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この皿の中にも餌のひまわりの種が入っている。小鳥の置物が本物の野鳥を招き入れようとしていた。やがて雌雄のウソが皿に飛んできた。

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     左が雄。雌と何やら語らっている。

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雌がどこかに行ってしまうと雄はヒマワリの種を食べ始めた。くちばしにはヒマワリの種が見える。

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ひとしきり餌をついばんだウソたちは近くの白樺を越えてどこかに飛び立ってしまった。

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2017年5月21日 (日)

元気確認トレッキング 2

 北八ヶ岳トレッキング後、標高1750mの高地にあるペンション、ハイランドリゾートアゲインに泊った。胃腸の不調で楽しみにしていた夕食はほとんど手を付けることができず情けない思いをしたが、目の前に茂る白樺を見、鶯などの野鳥たちのさえずりを聞き、八ヶ岳最北端の山、蓼科山を目前に見上げ、爽やかな風のそよぎを感じながらの露天風呂は極上の贅沢だった。

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前夜、早めに床に臥せたお蔭で翌朝には回復。朝食はいつものように美味しく食べることができた。

朝食時、奥さんに、「昨夜はお騒がせし申し訳ありませんでした。せっかくのお料理をほとんど食べ残してしまいましたが、奥さんの優しさと親切なお心をいただきました。ありがとうございました。」とお詫びとお礼を言った。

奥さんの丁寧な応対、笑顔、やさしい柔らかな心をほうふつとさせる表情に、初めて会った時からとても感心させられていた。夕食時、妻が少し寒そうなそぶりをしたのを目ざとく察知した奥さんは、すぐさまひざ掛けを持ってきてくれたり、私の胃に異変が起きたのを心配して、胃薬を用意してくれたりしたことに私はいたく感激していた。

このペンションは奥さんと料理を担当する旦那さん二人で営んでいる。中国出身のお二人だが、その応接ぶりは日本人以上だ。チェックアウト時、ご夫妻と少し話をする機会があった。ペンション経営をするに至った経緯、日本の山が好きでよく登っていること、庭にさりげなく置いてある球状のオブジェのこと、庭に飛来する野鳥のこと・・・。

また来たくなる素敵な宿だった。

 

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部屋の窓からは蓼科山が望めた。山頂にはかつて泊った山小屋が朝日に光っていた。

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