カテゴリー「旅行・地域」の166件の記事

忘れえぬ若者との出会い

白樺湖を見下ろす車山近くの展望台に立ち寄った時のことだ。

眼下には白樺湖、背後には頂を雲に覆われた蓼科山が見える。標高1600mのここから望む景色は心弾む。目を奪われる。と言いたいところだが、残念ながら今にも降り出しそうな雲行きだ。霧もかかっているので遠くまでは見渡せない。
ふと目に留まった若者がいた。大きなバックを括り付けた自転車の脇でしきりとシャッターを切っている。えっ、ここまで自転車で上って来たのか、と若者の脚力に驚くと同時に、彼に興味が湧いた。声をかける。

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「横浜から来ました。昨夜は白樺湖のゲストハウスに泊まって・・・」と、精悍な顔つきの彼はよどみなく応えた。
19歳、横浜の大学で街づくりのノウハウを勉強中とのこと。生まれ故郷の福島で震災に遭ったことが、この勉強をしようと思ったきっかけだと話す。震災は辛く苦しい体験だっただろうが、まだ小学生だった彼に将来の夢を育ませたのかもしれない。

苦しいと思うような経験をあえてすること、遠回りをしてみること、寄り道をしてみること、全てが人生の糧になるといったような話をお互いにしあった。
「人は、寄り道をして人となる」
私は、彼にこの言葉を贈った。寄り道をする前の人は、寄り道後はさらに大きな心根の人になるものだと、彼にエールの気持ちを添えたのだった。

私は二人で写真を撮ることにした。彼の肩に手を回すと、ぼくもいいですかと言って嬉しそうに私の肩に手を置いた。孫のような年齢の彼をかわいいと思った。”大きくなれ”、と強く念じた。
妻の撮った写真はピンボケだった。

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今度は彼が「お二人を撮りましょうか。」と、私と妻の写真を撮ってくれた。

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霧ケ峰で癒される

標高2000m近い霧ケ峰は秋の風が吹いていた。

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まずは、高層湿原、八島湿原をぐるりとめぐることができる木道をゆうるりと歩いた。
マツムシソウやヤナギランなどの高山植物に混じって、オミナエシ、ハギが咲いていた。赤とんぼの群れにも出遭う。彼らは人を恐れないようで、近寄ってきては前を行く妻の帽子に幾度となく止まった。

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木道を半周してから、車山に向かって少しずつ高度を上げていく。ゆるやかな山道なので、足腰に痛みを抱えている妻でもなんとか歩ける。
高木がほとんどない草原状の霧ケ峰は眺望が良く、爽やかな山歩きが楽しめる。

ゴールデンウィーク時も、お盆の時も休むことなく陶芸教室を開いていたので、心身を癒すにはもってこいの山だった。

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教会で

クリスマスイブを軽井沢の教会で迎えた。


学生の一時期、教会に通っていた私は、そこで行われるクリスマス礼拝を経験している。
聖書の一節を朗読したり、讚美歌を歌ったりしたこと、敬虔な気持ちになったこと、懐かしく思い起こす。

軽井沢には幾つかの教会がある。信者意外にもミサ参列が許されていて、観光客の私たちでも快く扉を開けてくれた。

その内の一つ、日本キリスト教団軽井沢教会の催す「クリスマス燭火讚美礼拝」 に参列させてもらった。

私にとって40数年ぶりの教会でのクリスマス礼拝である。
礼拝堂の電灯が落ち、参列者の前に置かれた蝋燭に点火されると、一段と厳かな雰囲気が醸し出された。きよしこの夜などの讚美歌が心に染み入った。

初体験の妻も、良いクリスマスイブだったねと、感動したようだった。

標高が高い軽井沢は夜になると一気に気温が下がる。教会から出ると、冷気が身体中にまとわりついた。用意していた手袋をはめてホテルに向かった。張った氷に足を取られないように注意しながら。心の中はとても暖かかった。

宿で、礼拝後に頂いた封筒を開いた。牧師からのメッセージとクッキーが入っていた。

クリスマスの礼拝にいらしてくださり、ありがとうございます。神様の導きによって、このひとときをご一緒することかできました。心から感謝いたします。クリスマスの喜びがこれからも心を温め続けてくれますよう、お祈りしております。


女性牧師のやわらかで、暖かなメッセージだった。

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ご褒美旅行

11月下旬、小さな〝ぱいぬ島〝に行ってきた。Dscf1828石垣島と西表島の間にある小浜島である。

昨年末初めてこの島を訪れた。今回は教室生3人を伴っての2度目の旅。

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この島には信号が一つもない。車はほとんど走っていない。

自転車で巡るには最適だ。何十年ぶりにペダルをこぐ人ばかり。不安がる人もいる。が、すぐに慣れる。キャッキャと少女のような笑い声を発しながらサトウキビ畑の間を走る。

そこここに繋がれているヤギさんが、メエ~、とあいさつする。牛がのんびりと草を食んでいる。

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西表島を対岸に見ながら、白い砂浜で貝拾いに夢中になった。

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唯一の山、大岳(うふだけ)からの眺めに魅せられる。石垣島、竹富島、黒島、新城島。八重山の島々が透き通ったブルーの海に浮かぶ。

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ハイビスカスが太陽に向かって大きな花を開いていた。

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常夏のぱいぬ島(南の島)でゆったりとした時を味わった。

今年1年を仕事に、家事に、様々な活動に精出したことに対するご褒美の旅である。

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ひと休み

ひと休み


ひと休み


標高1400mの宿で目覚めた。
カーテンを開けると、清里高原に朝陽が射し始めていた。


獣医師としてほとんど休みなく働く弟を誘って「ひと休み」の時間を作った。


富士山、茅ヶ岳、南アルプス、八ヶ岳。そのうち雲が去れば、お歴々が姿を現すだろう。彼らを眺めるだけでも清清しい心持ちになる。

今日もそんな気分で過ごしたい。

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遅い盆休み 

例年ながら、今年も遅い盆休みとなった。月・火曜日の定休日に続けて3日間、計5連休である。骨休み、一息入れる機会だ。

連休前日の日曜日には、午後の教室を終えてから、教室生ら8人と一品持ち寄りの食事会を工房で催した。

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南アルプスに1泊2日で入ろう、とも前々から考えてはいたものの、翌月曜日から3日間は、10月末に吉田公園で行われるクラフトフェア出展に向けて作品作りに没頭することにした。

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そして4日目の今日は、まさに一休み。愛知県新城市の四谷の千枚田に足を運んだ。2度目である。前回は田植え直後に行った。大小さまざまな田にはいっぱいの水が張られ、背丈の低い緑色の稲苗が、オタマジャクシを足元にからませながら小刻みに揺れていた。その稲苗も生長し、そろそろ黄金色に染まっているだろうと、その変わりようを見たくて出かけたのだった。
プロパンガスボンベで作った楽器、プロパノータを持って。水琴窟の如くの音色を響かせる楽器である。そこでこれを奏でたらどんなに気持ちよかろう。そう思ったからだ。


案の定、黄金色に染まり、穂先には一杯の米粒を蓄えて頭を垂れていた。その上では数えきれないほどの赤とんぼが気持ちよさそうに舞っている。せせらぎにはシオカラトンボが水面間近に飛んでいる。ツクツクボウシの鳴き声も響いてくる。コスモスも揺れていた。

今日も暑い。標高の高いここも30度は超えていよう。どんなに暑かろうとも自然界の生き物たちは季節の移ろいを敏感に感じ取り、その生を謳歌していた。

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私は棚田の一角にある東屋でプロパノータを奏でた。せせらぎの音、セミの歌声と合わさりながらプロパノータの音色が棚田の上を流れ渡っていくように思えた。なんと清々しい気持ちなのだろうか。

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この日、東海テレビ(愛知県)の情報生番組(スイッチ)の中継があり、テレビ機材を持った若いスタッフ数人とアナウンサーらしき女性が、千枚田保存会の代表者小山さん(前回来た時にお会いしいろいろお話を伺ったことがあったので顔を見知っていた)と東屋にやってきた。ひとしきり小山さんにインタビューなどをして中継が終了した。邪魔じゃなかったですか、と聞くと、カメラマンが、お二人も画面に入れながら良い絵が撮れましたよと言った。


プロパノータの演奏で皆さんをお送りしましょう、と私が言うと、この楽器に興味を示し、しばらくその場で耳を傾けていた。演奏し終えると、小山さんがすかさず名刺を交換しましょうと言う。12月の第2日曜日にここでイベントがあるのでそこで飛び入り演奏をしてくれないかなあ、と言った。

彼らがいなくなるのと入れ替わりに東屋にやってきたのは、年輩のご夫婦だ。

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ご夫妻も2度目の棚田訪問だという。70歳だという夫君は三重県出身、今は愛知県に住んでいる。妻は愛知県で生まれ育った。そんなことを話すので、私の妻がすかさず、じゃあ旦那さんも婿に来たのねと問う。そうだよ。じゃあ私たちと同じですね・・・。共通項を見出すと妻はたちまち親近感を覚え、会話をさらに弾ませた。

棚田が縁の出会いであった。

棚田に据えられていた案山子

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奥で手を振るのは案山子ではありません

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棚田を後にし、鳳来寺東照宮に寄り道してから湯谷温泉駅(飯田線)近くの足湯に行く。

6人がやっと座れる小さな足湯だ。ここも2度目である。前回来たときには足を湯につけながら岡崎からきたという親子や毎日のように野良猫の餌をやりにくるというご夫婦とぺちゃくちゃと何気ない会話を楽しんだ。

この日、先客は70歳後半かと思われる夫婦。私と妻は彼らに挨拶をしてから素足を湯に入れた。もちろんおしゃべりはすぐに始まる。近所に住んでいて時々足湯に来ること、息子家族と住んでいるが、息子夫婦は共働きで帰りが10時近くになること・・・、などと奥さんがよくしゃべった。黙してうつむき加減だった旦那さんに声をかけた。すでに現役を終え、今は毎日日曜日の悠々自適の生活なのでしょうね。彼は白い柔和な顔を上げた。彼は答えず、奥さんが言った。夫はね、鳳来寺山東照宮の宮司をやっているのだよ、と。すると旦那さんが口を開いた。長年教師をしていたが、定年後に宮司をやってくれと頼まれ、2か月間国士舘大学で宮司になるための勉強や実習をしたのだ、と。また奥さんが言う。この人はマイクがなくてもね祝詞をあげることができるよ。

足湯が取り持つ出会いであった。

遅い盆休みの今日一日。

良い一日、だった。

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良い気分転換求めて

定休日は出かけることがほとんどだが、今週は孫娘を連れて箱根と伊豆にやって来た。

4人の孫はそれぞれ大学受験、高校受験勉強だったり、部活などで時間が取れなかったりで、連れて来ることができなくなった。まだ小学生の孫娘だけが唯一、私達祖父母のお相手をしてくれる。じいじ、ばあばではなく、でこちゃん、ひろくん、と愛称で呼んでくれるところが良い。

こうして付き合ってくれるのもあと僅かだろう。当然ながら皆大きくなっていくのだ・・・。

昨日は箱根の彫刻の森美術館で屋外に陳列されている様々な立体像を鑑賞しながら感想を述べあった。宿泊したホテルでは、子供向けのイベントが組まれていて、多くの親子で賑わっていた。孫娘は「縁日」に参加して、ダーツやマジックボールすくい、三角くじで遊んだ。

今日は近くの水族館で共に楽しむ予定。

このところ多忙だったから、良い気分転換になっている。

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四谷の千枚田

Dscf0067「四谷の千枚田」。愛知県新城市にある。標高900メートルほどの鞍掛山中腹400メートルあたりから200メートルあたりまで、標高差で200メートルほど一帯に大小さまざまな水田が階段状に作られている。

先人は重労働に耐えながら手作業で急峻な山肌を開墾し、とうとう階段状の見事な田んぼを作り上げました・・・・

古き良き日本の原風景に出会える場所・・・

と新城市のホームページに紹介されている。

先ずは、鞍掛山上方にせり上がる棚田を見上げる。明治時代後期に大きな土石流に見舞われ、犠牲者まで出し、棚田も全壊したが、農民や近隣住民などの必死の復旧活動で、わずか5年で蘇らせたと聞く。そして保存活動に尽力する人も現れ、「鞍掛山麓千枚田保存会」を創設した。会では、耕作放棄地の解消に取り組んだり、「田植え体験」「稲刈り体験」「生き物鑑賞会」などを催し、都市と農村の交流を図っている。

棚田の風景に魅せられていると、1人の年輩の男がバイクでやってきて、案内看板下部に据えられているパンフレット入れに、新たなそれを補充しているのに気付いた。声を掛ける。やけに棚田について詳しい。保存会の会長さんだった。凛と輝く瞳は、70を超した男とは思えないほどの力強さがあった。

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30分ほどかけて棚田の遊歩道を歩き登った。

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水田を渡り上がる風がとても心地よかった。水田の脇には梅の木が植えられていて、ふくらんだ梅の実が風に吹かれ揺れていた。

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鞍掛山から流れ出る清らかな水で満たされた水田には、オタマジャクシが気持ちよさそうに泳いでいた。

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400枚ほどの水田を背に座っている媼(おうな)がいた。ポットを抱えている。農作業を終え、一休みしているのだろう。かわいらしい案山子である。

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瀬戸内海の島めぐり 5

粟島の東端、上新田港から民宿ぎんなんへ向かうと、マン丸顔のかわいらしい人形さんたちに出くわす。漁業で使う浮き(ブイ)で作った人形だ。これらは先に登場した“えっちゃん”が作った。

猫をはじめ、女の子、さざえさん一家、花嫁花婿それをとりなす神父さんなど、実にさまざまな姿をブイで作り上げている。

名付けて「ブイブイガーデン」だ。

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どの顔を見ても笑顔だ。ひょうきんだ。愛くるしい。

えっちゃんがガーデンを案内してくれた。彼女の飾り気ないちゃめっけのある語り口、紡ぎだされる言葉にかぎりなく惹かれた。70歳を越した年齢とは思えないほどの張りのある声やポジティブな思考にも驚かされた。

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     さざえさん一家

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笑顔の子供たちの背後の畑に、最近、えっちゃんがある種を蒔いた。長距離移動することで知られる美しい蝶、アサギマダラが好むフジバカマの種だ。えっちゃんは言う。長野県からはるばる飛んでくるらしいから、ここをアサギマダラの休憩場所にしたいの。彼女は、島民を、島を訪れるお客さんを笑顔にさせるブイブイガーデンだけでなく、蝶をも招き入れて喜ばせようとしている。

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えっちゃんはヤギやカルガモ、犬、猫を飼っている。犬、猫はもちろんだが、ヤギも、彼女に名前を呼ばれると、寝ていた小屋から出てくる。カルガモもえっちゃんの呼び声がわかるらしく、反応するという。彼らは、心優しき人を人以上に見分ける力があるのだ。

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えっちゃんにひとしきり丹精込めたガーデンを案内してもらい、彼女の家の玄関先に戻ると、一台の軽トラがやってきた。チャボとひよこをえっちゃん夫婦に持ってきたらしい。ゲージの中にいるひよこをよく見ると、足に水かきがついているではないか。男は、これはアヒルだよと言った。親鳥らしきチャボはれっきとした鶏だ。ひよこたちの親ではない。アヒルの赤ちゃんはそんなこと一切構わずチャボにすり寄っていく。

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えっちゃんがご主人に言った。どうするの、わたしたち年金生活じゃん。

彼女は餌代の心配をしているのだが、表情は極めて明るい。アヒルの赤ちゃんの行き処に困ったのでここに持ってきたのだろう。えっちゃん夫婦ならきっと面倒を見てくれると。

彼女の人望の厚さをも垣間見たひと時だった。


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瀬戸内海の島めぐり 4

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志々島を離れ、隣の島、粟島に渡った。

民宿の女将、ユミさんが港で待っていてくれた。女将の飾らない穏やかな人柄を、道すがらのおしゃべりから感じ取る。10分ほど歩くと宿に着いた。民宿は島の西はずれにポツンとあった。宿の目前には瀬戸内の海が広がっている。

「ぎんなん」と書かれた看板の裏には、「空も 海も 島も 船も 風も みんな みんな

私だけのもの!」とやわらかな字体で書かれている。

聞くと、お隣の主婦、“えっちゃん”が書いてくれたという。島を愛し、自然を愛し、本土と島を結ぶ生命線、船を愛する心がこういう言葉となって出たのだろう。「私のだけのもの」だから大切に大切にしたいのだ。私はそう解釈した。島で暮らす人の思いを知る。

ユミさんは言う。「えっちゃんは、私にとってとても大切な人。なくてはならない人。彼女がいるから民宿をやっていけるのよ。」

お隣さんは、たった一人で民宿を営む彼女の心のよりどころでもある。助け合いのココロが生きている島なのである。

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部屋の窓からは瀬戸内の島々が見えた。畳に座って窓外を見ると、まるで船の中にいるようだった。Dsc_0042
浜に出てみた。潮騒がやさしく響いている。東に西に行き交う船を見ていると、ここは古来から海の交通の要衝の地であったこと、源平合戦の場であったことを想い起した。

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私に寄り添う孫。そこを妻がパチリ。

今春小学3年になる孫は、私が大好きだ。じいじ、とは言わない。いつも「ひろくん」と愛称で呼んでくれる。妻は、私に寄り添う孫と私の後ろ姿が好きらしく、いつもこっそりとカメラを向ける。祖父と孫だが、子煩悩の私だったから、妻は、幼かった頃のわが子と父親の姿を重ね合せているのかもしれない。

ゆっくりと動く船。穏やかな海面。浮かぶ小島。海を渡り来る爽やかな春風。そして潮騒。

どっぷりとその中に包まれている心地よさ。

時はゆるやかに流れ行く。幸せの一つのかたち。

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私たち「祖父」も、海を背景に仲良く写真に収まった。カメラを手にした孫は上手に景色を切り取ってくれた。
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ぎんなんは、一日一組だけ受け入れる民宿である。それだけに女将と接する機会が多い。会話も弾む。次第に近しい間柄になる。ユミさんの飾らぬ言葉と包容力たっぷりのお人柄がそうさせるのだが、あっという間に旧来の友のような気持ちにさせられるのである。

女将さん手作りの料理は美味しいと評判が高い。海を見ながらの食事だから、さらに美味しさが増す。

一品一品出される料理をゆっくりと味わった。

鯛やイカは、少し離れた隣家のえっちゃんのご主人が釣り上げ、女将に差し入れられたのだという。宿泊者が来ると聞くと、いつもそうしてくれるのだそうだ。ワカメのしゃぶしゃぶ、カサゴのから揚げ・・、次々と海の幸がテーブルに運ばれてくる。

一度にテーブルに並べると、それだけで一杯になってしまうもの。だから一品ずつコース料理のようにして出すのだとユミさんは言った。だから私たちはそれらをゆっくりと味わい尽くすことができる。料理の数だけ女将が顔を出すので、おしゃべりの回数も増えるというものだ。

旅とは、旅先の地元民と触れ合うこと、そこで生まれ育ち暮らす人たちの言葉と心に接すること、できるだけ乗り物を使わず、そこに流れそよぐ風に包まれながら歩くこと、路地裏の路傍に咲くかわいらしい花を愛でること、庭先で日向ぼっこするお年寄りとちょっとした会話をすること。私たちにとって、それが至福の旅なのである。

翌朝、ぎんなんと女将に別れを告げ、粟島歩きを始めた。私と妻が背負ってきた大きなバッグは、ユミさんが、私たちの行先までバイクで運んでくれるというので、彼女に預けた。

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いたるところに咲き誇る桜の下をくぐりながら、島の東に向かう。主幹路は山腹をくねって中心部に続いている。民宿から約4キロメートル。1時間半ほどかけてもう一つの港、粟島港に着いた。島唯一のコンビニと言われる店、竹内商店でミカンを買った。えっちゃんの手作り案内本『粟島歩き 遊遊(ゆうゆう)』に、この店のことが書かれている。

″島のコンビニ。何でもあります。ないものもあります。島の人は助かっています。おかげで季節のものが食べられます。″

レンタサイクルがあった。店名は「レンタサイクルの大口しま子さん」

とはいっても無人である。

軒下に自転車が数台置かれていて、壁に大きな口を開けた女の子の絵が描いてある。

その子が「大口しま子」さんだ。

えっちゃんの案内本でこう紹介されている。

「私、大口しま子です。

レンタサイクルの集金係しているの。島で一番ヤングなのよ。私の口の中に500円入れて

サイクリングしてなあ。ぶいぶいがあでんは遠いでェ・・・。4キロメートル先よ。」

2人の若い女性が自転車を借りて行った。

私たちは港の突堤で昼ご飯を食べた。おむすびとさっき買ったミカン。おむすびは、ぎんなんの女将が持たせてくれた。旨い。潮風と淡い陽光を受けながら食べた。ありがとうユミさん。

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食後、私は突堤に寝転んでしばし転寝だ。目覚めると妻と孫はシャボン玉を海に向かって飛ばしていた。

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