
志々島を離れ、隣の島、粟島に渡った。
民宿の女将、ユミさんが港で待っていてくれた。女将の飾らない穏やかな人柄を、道すがらのおしゃべりから感じ取る。10分ほど歩くと宿に着いた。民宿は島の西はずれにポツンとあった。宿の目前には瀬戸内の海が広がっている。
「ぎんなん」と書かれた看板の裏には、「空も 海も 島も 船も 風も みんな みんな
私だけのもの!」とやわらかな字体で書かれている。
聞くと、お隣の主婦、“えっちゃん”が書いてくれたという。島を愛し、自然を愛し、本土と島を結ぶ生命線、船を愛する心がこういう言葉となって出たのだろう。「私のだけのもの」だから大切に大切にしたいのだ。私はそう解釈した。島で暮らす人の思いを知る。
ユミさんは言う。「えっちゃんは、私にとってとても大切な人。なくてはならない人。彼女がいるから民宿をやっていけるのよ。」
お隣さんは、たった一人で民宿を営む彼女の心のよりどころでもある。助け合いのココロが生きている島なのである。


部屋の窓からは瀬戸内の島々が見えた。畳に座って窓外を見ると、まるで船の中にいるようだった。
浜に出てみた。潮騒がやさしく響いている。東に西に行き交う船を見ていると、ここは古来から海の交通の要衝の地であったこと、源平合戦の場であったことを想い起した。

私に寄り添う孫。そこを妻がパチリ。
今春小学3年になる孫は、私が大好きだ。じいじ、とは言わない。いつも「ひろくん」と愛称で呼んでくれる。妻は、私に寄り添う孫と私の後ろ姿が好きらしく、いつもこっそりとカメラを向ける。祖父と孫だが、子煩悩の私だったから、妻は、幼かった頃のわが子と父親の姿を重ね合せているのかもしれない。
ゆっくりと動く船。穏やかな海面。浮かぶ小島。海を渡り来る爽やかな春風。そして潮騒。
どっぷりとその中に包まれている心地よさ。
時はゆるやかに流れ行く。幸せの一つのかたち。


私たち「祖父」も、海を背景に仲良く写真に収まった。カメラを手にした孫は上手に景色を切り取ってくれた。

ぎんなんは、一日一組だけ受け入れる民宿である。それだけに女将と接する機会が多い。会話も弾む。次第に近しい間柄になる。ユミさんの飾らぬ言葉と包容力たっぷりのお人柄がそうさせるのだが、あっという間に旧来の友のような気持ちにさせられるのである。
女将さん手作りの料理は美味しいと評判が高い。海を見ながらの食事だから、さらに美味しさが増す。
一品一品出される料理をゆっくりと味わった。
鯛やイカは、少し離れた隣家のえっちゃんのご主人が釣り上げ、女将に差し入れられたのだという。宿泊者が来ると聞くと、いつもそうしてくれるのだそうだ。ワカメのしゃぶしゃぶ、カサゴのから揚げ・・、次々と海の幸がテーブルに運ばれてくる。
一度にテーブルに並べると、それだけで一杯になってしまうもの。だから一品ずつコース料理のようにして出すのだとユミさんは言った。だから私たちはそれらをゆっくりと味わい尽くすことができる。料理の数だけ女将が顔を出すので、おしゃべりの回数も増えるというものだ。
旅とは、旅先の地元民と触れ合うこと、そこで生まれ育ち暮らす人たちの言葉と心に接すること、できるだけ乗り物を使わず、そこに流れそよぐ風に包まれながら歩くこと、路地裏の路傍に咲くかわいらしい花を愛でること、庭先で日向ぼっこするお年寄りとちょっとした会話をすること。私たちにとって、それが至福の旅なのである。
翌朝、ぎんなんと女将に別れを告げ、粟島歩きを始めた。私と妻が背負ってきた大きなバッグは、ユミさんが、私たちの行先までバイクで運んでくれるというので、彼女に預けた。


いたるところに咲き誇る桜の下をくぐりながら、島の東に向かう。主幹路は山腹をくねって中心部に続いている。民宿から約4キロメートル。1時間半ほどかけてもう一つの港、粟島港に着いた。島唯一のコンビニと言われる店、竹内商店でミカンを買った。えっちゃんの手作り案内本『粟島歩き 遊遊(ゆうゆう)』に、この店のことが書かれている。
″島のコンビニ。何でもあります。ないものもあります。島の人は助かっています。おかげで季節のものが食べられます。″
レンタサイクルがあった。店名は「レンタサイクルの大口しま子さん」
とはいっても無人である。
軒下に自転車が数台置かれていて、壁に大きな口を開けた女の子の絵が描いてある。
その子が「大口しま子」さんだ。
えっちゃんの案内本でこう紹介されている。
「私、大口しま子です。
レンタサイクルの集金係しているの。島で一番ヤングなのよ。私の口の中に500円入れて
サイクリングしてなあ。ぶいぶいがあでんは遠いでェ・・・。4キロメートル先よ。」
2人の若い女性が自転車を借りて行った。
私たちは港の突堤で昼ご飯を食べた。おむすびとさっき買ったミカン。おむすびは、ぎんなんの女将が持たせてくれた。旨い。潮風と淡い陽光を受けながら食べた。ありがとうユミさん。

食後、私は突堤に寝転んでしばし転寝だ。目覚めると妻と孫はシャボン玉を海に向かって飛ばしていた。
最近のコメント