工房紹介

  • 「ささやき窯 楽友」
    工房を構えて10年が経ちました。 大井川流域の木材で建てた工房を訪れた方が、「木の香がするね。」と顔をほころばせて言ってくれます。緑輝く芝庭、緑樹の庭が目と心を癒してくれます。母屋に設けた第1ギャラリーとログハウス2回の第2ギャラリーには私の作品を展示し、販売もしています。                                                                                               陶芸教室に通う生徒さんたちのにこやかな笑顔と、楽しげな会話があふれる陶芸工房です。                                                             「体験陶芸」「教室入会者」募集中です。どうぞお気軽にお問い合わせ下さい。    春休み・夏休みなどの長期休暇には、「子供体験陶芸教室」も開講します。

結婚式で両親にプレゼント

  • 結婚式で手作りの器を両親にプレゼントしませんか。 結婚前に二人がする最初の共同作業です。両親への感謝の気持ちがいっぱい詰まった器が出来上がると思います。このブログ内のカテゴリー「結婚式:父母に贈り物を手作りで」をご覧ください。
無料ブログはココログ

カテゴリー「旅行・地域」の144件の記事

2017年10月 1日 (日)

頂きへ・・・?


頂きへ・・・?

八ヶ岳赤岳の登山べース的な山小屋、行者小屋まで約2時間半かけて歩く。前夜、車中泊だったから熟睡ならず、足どり重い。

行者小屋のベンチに腰下ろし、恐竜の背のような横岳を仰ぎ見た。一休み後、重い腰を上げ、八ヶ岳最高峰、赤岳に足を向けた。3つあるルートのうち、人工的な階段が天に向かって伸びる急なルートに挑んだ。すぐに息が切れた。石川県から夫婦で来たと言う男が焦燥しきった顔で立ち止まっていた。奥さんは?と問うと、いつも私をおいてどんどんいってしまうんですよ、と言ってずっと先を登っている女性を指差した。彼女は振り向き様、早く~!と叫んだ。私はしばらくの間、この男と抜きつ抜かれつしながら登った。前方を見上げると、まだうんざりするほど階段が続いている。気が滅入ってきた。振り向けば、北アルプスの勇姿が見えた。

頂きへ・・・?

見下ろす。さっき一休みした小屋がずっと下にあった。
山頂山小屋に一泊する計画だったから、それなりの荷をザックに詰めてきたが、小屋泊まりどころか、引き返すことばかり考えるようになっていた。体力と気力の限界を感じたことと、他の理由が頭の中を駆け巡っていたからである。思い立つと、決断が早いのが私だ。

また来るからな、と赤岳にバイバイをして踵を返した。行者小屋に戻ると、相変わらずそこここのベンチは登山者で埋まっていた。次々と登山口の美濃戸から登ってきている。私はここで昼ごはんを食べた。コンビニむすびと豚生姜焼き、コーヒー。
登頂をあっさりと諦めたけれど、ここで1時間、山の懐に抱かれて至福の時を過ごした。

頂きへ・・・?

車に戻って3時間半後には静岡市の居酒屋にいた。陶芸教室の生徒さんたちとの酒席だ。山にも行きたやこっちにも行きたや。結局、山より飲んで食べてしゃべっての方を優先させた私だった。
山はまだまだあそこにあるから。

2017年9月29日 (金)

車中泊


久しぶりの八ヶ岳、赤岳登山。
明早朝登山開始のため、夕刻に自宅を発った。午後9時過ぎに、ここ、小淵沢道の駅に到着。今晩は車中泊だ。椅子を倒し、寝袋をしつらえ、寝る準備をした。そして一杯、グイ。恵比寿麦酒の旨いこと。
今から寝ます。おやすみなさい。

2017年8月10日 (木)

益子にて

昨日は笠間で、今日は益子で陶芸鑑賞である。

益子の焼き物は、笠間よりやや歴史が新しく、江戸時代後期頃始められた。近いゆえに、よく足を運ぶ陶産地、愛知県瀬戸市や常滑市、岐阜県多治見市と比べ、益子はかなり遠い。私が陶芸を志すずっと前、この地で活躍している陶芸家、島岡達三氏のことをテレビで見て以来、一度は行ってみたいものだと願っていた。ようやく念願が叶った。

益子と言えば、柳宗悦の民芸運動に共鳴してこの地に移住し、作陶に打ち込んだ人間国宝、濱田庄司を思い起こす。

ー真に新しいものは技巧をこらしたものではなく、暮らし手の健康な暮らしの中から生まれるものであり、決して特別なものではないー

濱田庄司のそうした考え方から作りだされた飲食器などはどれもてらいのないデザインで力強く、かつ庶民的だ。

益子に到着して真っ先に足を向けたのは、旧濱田庄司邸。益子陶芸美術館の入り口を通り越すと、右手に登り窯が、正面に茅葺の大きな建物が見えた。中に入り、しばし巨匠に思いを馳せた。

2017年8月 9日 (水)

笠間から赤城山山麓へ

笠間から赤城山山麓へ
笠間から赤城山山麓へ
笠間から赤城山山麓へ
笠間から赤城山山麓へ
笠間から赤城山山麓へ
笠間から赤城山山麓へ


台風一過。晴れ渡ったものの、暑いあつ~いお土産を残していった。盆地の笠間市はより暑い日になった。焼き物通り、ギャラリー通りを歩く観光客は、私たち以外に見当たらない。窯元巡り、そして茨城県陶芸美術館に入り、「実力日本一の陶芸作家を選ぶ」をコンセプトとして実施されている「日本陶芸展」を観賞。入賞作品のクオリテイの高さに圧倒され、それぞれを食い入るようにして観賞した。

午後は群馬県、赤城山山麓に向かった。妻のたっての願いがあったからだ。淡彩詩画家、浅見明子さんにどうしても会いたいというのだ。

飾らず目だたず、何の見返りを求めることなく、密やかに生える野の花に己を重ね、それらを淡い色合いで描き、浅見さんの内から湧く言葉が添えられた淡彩詩画集を、妻は何冊か読んでいたらしい。浅見さんの絵と言葉に魅了されたのだろう。


長いドライブをして、赤城山がでんと構える、その懐に建つ浅見さんのギャラリー「木漏れ日館」に到達。浅見さんは、そば処「ささや」を営む女将でもある。ギャラリーは、古民家風の大きな店の裏手にあった。私たちが着いたのは、昼の繁忙時間が過ぎていたからだろう、浅見さんがギャラリーを案内してくれた。

漆喰壁に掲げられた淡彩画が、目と心に優しく語りかけてきた。

人はどんな時でも「生きよう!」と思えば
力は湧いてくるものです


人は苦労を重ねて
増々人間らしくなってゆくのですね


淡い色調の絵に添えられた言葉の数々は、どれも、そうだよな、うんうん、と頷かされる。

こうした言葉は、もちろん浅見さんの70余年の人生の歩みの中から紡ぎ出されたものだ。

彼女は自身が通り越してきた苦労の一端をさらりと述べ、同時に、ギャラリーを訪れた人たちのエピソードも聞かせてくれた。

ある時、一人寂し気な様子で蕎麦を食べている女性がいた。食事後、ギャラリーに案内すると、女性は食い入るように長い時間絵を見ていた。そして、何も言わずに去ってしまった。妙な女性、と浅見さんは思った。何日かして、その女性が、友達らしき人、数人を連れてギャラリーにやってきた。女性はあの時と打って変わって友達と明るくおしゃべりしている。女性は帰り際に浅見さんに言った。私、赤城山で死のうと思っていたけれど、ここに来てもう一度生きてみよう、って決めたの、と。


また、こんなエピソードも。
一人で来た男性の話である。
彼は、吾亦紅(われもこう)の絵の前に立ち止まり、じっとそれを見ていた。と、突然声を出して泣き出した。浅見さんは何事かと、とても驚いた。落ち着きを取り戻した男性が、謝りながら言うには、最近亡くした父親のことを思い出してしまったのだと。自分は父親にとても辛く当たってきた、今となっては優しい言葉のひとつもかけられない、そんな自分を悔いるのだ、と。


吾亦紅の絵には、こうした言葉が添えられていた。


いっしょにいた時には
見えなかったことも
離れた時
見えることって
あるんだよ
だから 今を大切にね


70を越したとは見えない若々しさ溢れる浅見さんだった。
妻は彼女に抱きつき、お会いできて嬉しかったと、お礼を言った。

2017年8月 8日 (火)

南房総にて2

南房総にて

南房総にて

南房総にて

ここ南房総も夜半まで台風の影響で強い風が吹いていた。今日はこの宿(安房自然村)に停滞して台風が過ぎ去るのを待つしかないかと覚悟したが、雨も風もおさまり、わずかながら青空も見えてきた。

今日の旅は人に会うことが主となる。全て妻が提案したものだ。

世界中を放浪し、この地に居を構え、村興しをしている男性、やはり人里離れた山間に移り、小さな店を開いた女性、そして夫婦でガーデニングに精出しているという老夫婦を訪ねた。アポイント無しの訪問だ。

残念ながら全て空振りだ。不在のため誰とも会えなかった。私は妻の急な思いつきのせいだと、少し不機嫌になったが、南房総の山間部をドライブできて良かったと思った。さほど高くない山は穏やかで優しく、稲穂風に揺らめく様は長閑で清々しい。イラつきは直ぐに消え去った。

鴨川市の外れの、とある農産物直売場で昼食にした。大きな窓の向こうには緑が広がっていた。

2017年8月 7日 (月)

南房総にて

南房総にて
南房総にて
南房総にて
南房総にて
千葉県館山市に来ている。「従業員慰安旅行」、と称しているが、陶芸教室を縁の下で支えてくれているたった一人の従業員、妻殿と、もちろん私自身の慰安の旅である。数カ月前から計画し、宿泊先の予約などしておいたのに、居座り台風5号のために瀬戸内海の小島巡りを断念。台風を避けて急きょ南房総にやってきた。

真っ先に訪れたのは、築300年という古民家、百姓屋敷じろえむ、という食事処。オーナー夫妻が無農薬で育てた野菜や鶏卵などの食材で作った料理をいただいた。質素だが品のある盛り付けと味だ。室内には年代物のテレビや冷蔵庫などが置かれているので、少年期だった昭和に戻ったような気がした。

2017年6月19日 (月)

利尻島 島の駅にて

利尻島 島の駅にて
利尻島 島の駅にて
利尻島 島の駅にて
初日は短時間ながらサイクリング、翌早朝から利尻山登山、3日目は礼文島トレッキング、最終日にはレンタカーで利尻島内の見所に立ち寄りながら島内を一周した。ほぼ円形の島は、どこからでもきりりとした利尻山の勇姿が仰ぎ見られる。東西南北異なる場所から臨む山の姿が変容する様を見るのは楽しい。

島の西側にある沓形地区で昼食を摂った後、「島の駅」なる施設に行った。ここには乾燥海藻アートなどの作品などを展示した、土蔵を改修したギャラリーがある。美術作品もさることながら、最も私の目が引き寄せられたのは「詩」だった。北海道の生んだ現代詩の代表的な詩人、原子修氏の詩だった。島に生きる漁師の父と兄のたくましさ、それを見つめ、己も漁師になる決意を固める弟。厳しい北海で命懸けの漁をする男たちの心意気が伝わってきた。

土蔵の前には、樺太から流れ着いた木で作られたベンチがあった。この夜、テレビでは元樺太島民の樺太一時帰国のニュースが流れていた。

2017年6月18日 (日)

礼文島で

礼文島で

礼文島で

礼文島で

礼文島で

礼文島で

甲板にいる乗船客は一様に同一方向に視線を向けていた。早朝は姿を見せていた「彼の人」は、霧のベールをまとったまま、なかなか人々の前にその麗しき容姿を現してくれない。お出まししたのは礼文島の見所を訪ね、港に向けて車を走らせている時だった。裾野に霞か雲をまとわらせた利尻富士が洋上に浮かんで見えた。何故かワクワクする瞬間である。

この島に来たら忘れてはならない食べ物がある。その代表格がバフンウニだ。狙っていた食堂に行く。満席。入り口には2時間待ちの表示。他を探す。また満席だ。理由がある。予約の団体客で占められているのだ。しばらく時間をおいてから、港に車を置き、まだ空席はできていないだろうと思いつつも、今度は徒歩で最初の店に向かった。すると、その手前に「ウニ丼」と書いたのぼり旗がひらめく小さな店があった。中を覗くとカウンター席が空いているではないか。

解禁間もないウニ漁だが、漁獲はまだ少ないとのこと。かたや需要が多い。案の定、目を向く値段だ。ムラサキウニ丼4000円、バフンウニ丼5000円。しかも飯碗程の大きさの丼なのに。私たちはしばらく思案したが、注文した。ウニが苦手な人も、ここのそれを食せば好きになる、と言われているほどのものだ。食べないわけにはいかなかった。
う~ん、いける。クリーミーな味が口内に広がった。今回の旅友、Hさんが言った。奥方には言えないよ、と。遠方への旅を許してもらったのに、こんな高価なものまで食べたなんて・・・。残してきた妻君の心中を思いやる、優しいきHさんであった。えっ、私は?もちろん、こう言う。すごいだろう、こんなにもするウニ丼食べたよ。

何年か前、映画「北のカナリアたち」のロケ地の一つだった礼文島には、ドラマの舞台となった小学校がそのまま残されている。そこで私の大好きな女優と会ってきた。彼女の肩に手を置き、写真まで撮らせてもらった。直ぐに写メールを妻に送ったが、未だに反応がない。

2017年6月16日 (金)

利尻島から

利尻島から

利尻島から

利尻島から

3度目の利尻島である。今回は登山がメインだ。
日本最北端の「日本百名山」、利尻山に登った。休憩を含め、11時間の長い歩きだった。海面から鋭角的に屹立したこの山は、利尻富士とも呼ばれている。端正さと荒々しさを併せ持つ山である。
胸突き八丁の苦しい上りの果てに、頂きに立つ。山頂は5度、あるいはマイナス0.5度と予想されていたが、山の神様は私たちを歓迎するかのような好天を用意してくれた。360度の大パノラマ。礼文島はもちろんのこと、海を隔てた向こうに稚内方面が、さらに南北に細長く横たわる島がかすかに望める。樺太か?
祠の置かれた狭い山頂では、4人の若者が料った利尻ラーメンをおいしそうに食べている。オーストラリアから来たというカップルがドローンを飛ばせている。愛媛から車の長旅をしている年配夫婦も大展望に酔っている。アメリカ人だろうか。4人の若者がやってきた。ビューテイフルを連発した。

宿に戻り、窓から見える、さっき登ったばかりの利尻島山を眺めた。格別だった。

2017年6月15日 (木)

利尻空港に降り立ちました

利尻空港に降り立ちました

利尻空港に降り立ちました

利尻空港に降り立った。静岡の自宅を出て、7時間後の午後2時に到着。タラップを降りると強い風が出迎えの手荒い挨拶。

振り向くと、幾筋かの残雪が印象的な利尻山が「ようこそ!」とばかりに両手を広げていた。

より以前の記事一覧

2017年12月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            
フォト