工房紹介

  • 「ささやき窯 楽友」
    工房を構えて10年が経ちました。 大井川流域の木材で建てた工房を訪れた方が、「木の香がするね。」と顔をほころばせて言ってくれます。緑輝く芝庭、緑樹の庭が目と心を癒してくれます。母屋に設けた第1ギャラリーとログハウス2回の第2ギャラリーには私の作品を展示し、販売もしています。                                                                                               陶芸教室に通う生徒さんたちのにこやかな笑顔と、楽しげな会話があふれる陶芸工房です。                                                             「体験陶芸」「教室入会者」募集中です。どうぞお気軽にお問い合わせ下さい。    春休み・夏休みなどの長期休暇には、「子供体験陶芸教室」も開講します。

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カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の878件の記事

2017年9月20日 (水)

一輪もまた良し

曼珠沙華の時節になった。キリリと伸びたひわ色の茎の先端に、花火のような真っ赤な花を上向きに咲かせたこの花はなぜか私の目を惹きつけてやまない。秋の彼岸になると田の畔や田舎の道端、土手などで一斉に躍り出る。彼岸花とも死人花とも呼ばれるが、彼岸の仏事に合わせるかのように咲くので、私には黄泉の国の死者の魂が年に一度、真っ赤な花となって地上に帰還するように思えるのだ。ああ、あそこにも、ここにも死者の魂が遊びに来ている、そう見えるのである。

6年ほど前になろうか。娘婿の母君の葬儀に参列した帰りのことだった。兵庫県の山間部から平坦な田圃道に出て車を走らせていると、前方に一面赤で埋め尽くされた曼珠沙華の土手が見えた。車を停め、赤の中に足を踏み入れ、しばらくそこに佇んでいた。母君の魂が私たちを見送ってくれているのだと思い、頭を垂れて母君に最後のあいさつをしたことを鮮明に思い出す。

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今日、庭の手入れをしていて発見したものがある。ログハウス脇の玉柘植と皐月の間から背伸びしている彼岸花だった。たった一輪。我が家の庭に咲くのは40年間の内、初めてのことだ。驚きと嬉しさがこみ上げてきた。

群生するも良し、こうしてたった一輪咲くもさらに良しである。

2017年9月14日 (木)

工房になくてはならないアイテム

陶芸教室の間中、工房ではいつも音楽を流している。IZANAGIのシンセサイザー音楽や宗次郎のオカリナ音楽、モーツァルトの楽曲など、作陶している生徒の耳に心地よく聞こえるであろう癒しの音楽である。

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これらの曲は手作りの真空管アンプとスピーカーを使っている。工房を立ち上げた10年前に、知人のSさんから頂いたものだ。電気関係に造詣が深いSさんは、さまざまなアンプなどを手作りしていて、そのうちの一つを工房オープンの記念にとプレゼントしてくれたのだった。

ほのかな明かりと熱を発する真空管アンプは、最先端の音楽機器にはない、人間的なぬくもりを感じさせる。「ほっと一息癒し空間」をキャッチフレーズにしているささやき窯にとって、なくてはならない必須アイテムである。


粘土を扱う工房には、細かな土埃が立つ。黒いアンプの上にもそれが舞い落ちて白くなってしまう。おそらく機器の中にも入りこんでいるだろうが、今も元気に音楽を流し続けている。

工房上部両隅には、Sさん作のスピーカが設置してある。

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2017年9月 6日 (水)

きょうも2匹仲良く

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このところ3日続けて2匹のアゲハチョウが、庭で優雅な踊りを見せている。1匹がどこからともなく飛んできて、花を渡り歩く。そのうちもう1匹がやってきて空中で寄り添ったり離れたりを繰り返す。大急ぎでカメラを手にとり庭に出る。2匹の舞をカメラに収めようとするが、蝶たちはすぐにレンズの枠から出て行ってしまう。あきらめて、今度は肉眼で彼らの舞姿を息を凝らしてしばらく見ていた。やがて2匹は連れ添って工房の屋根を越えて向こうへ行ってしまった。

明日もいらっしゃい!

2017年9月 5日 (火)

やいづTVに出演

”やいづTV“ に夫婦で生出演しました。

塚ちゃんの癒しタイム』という番組です。

前職を早期退職した理由、ささやき窯工房や陶芸教室のことなどを、パーソナリティーの塚本さんの軽妙な語り口に引き出されて、妻と二人でおしゃべりしてきました。

地元のラジオ放送局、FM島田にも出演したことがありますが、動画ですから、目の前には小さいながらもカメラが回っています。やや緊張したものの、番組時間30分の半分くらいになると、それもほどけて、いつものリラックスした会話ができました。

2017年9月 3日 (日)

名古屋からのお客さん

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これは先月末、名古屋のMさん夫妻と妹さん、そして3歳の甥御さんが来てくれた時の写真です。Mさん夫妻は、奥さんが、ささやき窯で陶芸体験をしたのが縁で、8年ほど前から毎年のように訪ねてくれます。この地と当工房を、そして私たち夫婦を慕ってくれているのだなあと、とても嬉しく思います。

皆さんは前夜は大井川の花火を、この日はカップ作りを楽しみました。

甥御さんは、粘土の感触が気に入ったのでしょう。大人たちが作品つくりに精を出している間、ずっと粘土と遊んでいました。

奥さんは甥御さんと遊びつつ、

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 妹さんの手助けしたり、

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自身も夫君の手を借りなが成形したりしていました。2017828_011

もちろん夫君も一つ作り上げました。2017828_005







2017年8月28日 (月)

ゆうるりがいい

ゆうるりでも

ゆうるりでも

ゆうるりでも

ゆうるりでも

ゆうるりでも

ゆうるりでも

「ワタシ、シズオカ人」なるタイトルの記事(静岡新聞)を読んだ。外国から静岡の地に移り住み、得意な手技を生かした仕事をしている外国人を紹介した記事である。
今日のそれは、イギリスから来たジョシュアさんのこと。藤枝市の山間部でアウトドア用品デザイナーとして働いている。奥さんは、ロンドンでオリジナルブランドを手掛けていた藤枝生まれの日本人。ロンドンや東京にはない、アクティビティあふれる自然の中にこそ自分が求めているものがあった。そう思った彼はここの山間部で奥さんと共に店舗を構え、仕事を始めた。店舗名は「シゼンデザイン」。

その記事を読んで、私は彼に会いたくなった。妻を誘い車を走らせた。

店は゛ゆるびく村゛にあった。石谷山(びく石)から流れ下る小さな沢の脇に ある小屋風の密やかな店だった。手作りと思われる扉の取っ手は、来訪者を握手で出迎えるかのようなリアルな゛手゛だった。中には人影が見当たらない。゛手゛を引くが、開かない。留守のようだ。窓越しに中を覗いた。奥さんの作品らしき衣服や小物などが、こざっぱりとレイアウトされている。

左隣の六角形の店に移った。チャイと、おやつと、日替わり〇〇の店、゛aima゛という名の店である。ここでオーガニックな昼食を頂いた。エアコンも扇風機もない。開け放たれた入り口や窓から吹き入る風が爽やかだ。もちろん虫たちもお客さんだ。困ったことに蜂さんも飛んでいる。が、不思議なことに妻も私も動じない。若ぃ女性オーナーも少しも意に介していない。そう、ここは山の中なのだ。それは真に自然のことなのである。

オーナーのTさんは愛知県から移り住み、もう一人の女性とこの店を営んでいる。店名の゛aima゛とは、゛合間゛のこと。また、Tさんは、゛あはひ゛というお菓子工房も立ち上げている。

あはひ、は、あわい、のこと。つまり、「間」のことだ。

Tさんの名刺にはこう説明されている。

時間と空間、人と人においての関係性と調和のこと。日本人は古より、衣食住、あらゆる場面でこの、間、を大切にしてきました・・・。

 

Tさんが教えてくれた。ジョシュアさんの奥さん、今日が誕生日なんですって。だから「シゼンデザイン」を休業日にしたのだそうですよ。

昼時なのに゛aima゛の客は私たち以外誰もいない。誰も来ない。人里離れたここにどれほどの客が・・・、と経営の成り立ちが心配された。そのことをTさんに問うたならば、彼女は即座に言うだろう。「間」、を大切にしてますから、ひっきりなしにお客さんが来なくてもいいのです。その間に、鳥の鳴き声やセミの歌声、せせらぎの音、風の通り過ぎる音を楽しむことができますから、と。せせこましい都会の生活リズムからちょっと距離を置いた生活をしている彼女の幸福感を思う。


店を出て、隣の店に入った。ベトナムからやってきた女性が営む゛Hoa Sua゛(ホア スゥア)だ。ベトナム女性の伝統的な衣装、アオザイを着たタン トゥーさんは、日本に来て12年になるという。ところどころたどたどしさをみせながらも、流ちょうな日本語を話す。店内にはベトナムの民具などが置かれている。ハンモックが吊るされた喫茶コーナーもある。

私はヤシの実の器を、妻は大きめの編みバックを買った。タウ トゥーさんはベトナムのお茶、蓮茶を淹れてくれた。椅子用につるされたハンモックに座って飲んだ。優しい香りと淡い味のお茶だった。私たちはお茶のことより、ハンモックが欲しくなって、彼女にいろいろと尋ねた。お気に入りのハンモックを頼むと、タウさんは在庫がないので、10月にベトナムに帰った折りに仕入れてきます、と言った。笑顔、優しい物言い、たおやかな物腰、丁寧なあいさつ。

緑樹に包まれたこじんまりとした店での時は、実にゆうるりとしていた。Tさん、タウさんの柔らかであったかな人柄が、店の雰囲気を醸造しているのかもしれない。

2017年8月23日 (水)

風や雲、木陰にも秋の風情が

言うと余計に暑くなるのに、つい口にする。「暑い!」

大河、大井川上流域に嫁いだ娘が言った。

「(頻発する異常な自然気象は)地球が悲鳴を上げているってことだよね。」

人間を脅かす異常な気象は、人間による人間本位のさまざまな営みが地球をいじめてきたことへのしっぺ返しなのかもしれない、と父子で語り合った。
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昼間はエアコン無しではいられないが、夜ともなると窓から流れ入る風は涼しい。秋虫たちの合唱が我が家の庭でも始まった。秋の気配が暑さを押しのけて漂ってきた。
見上げるとちぎれ雲がゆうるりと西から東に流れていくのが見えた。


朝の日差しも柔らかだ。木陰にも秋を感じる。

2017年8月17日 (木)

ルーツをたどる旅

岩手県のY君が8年ぶりに訪ねてきた。良き伴侶と巡り合い、今回は奥さんを伴っての来訪だ。

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Y君は親戚筋に当たる。静岡の地から、遠く岩手に嫁いだY君のお母さんと私の妻は同い年の従妹同士で、幼少期からとても仲良くしていた。遠方に嫁ぐことになった時、妻は祝福の気持ちとは裏腹に、寂しさを感じたという。お母さんは、かの地で二人の子を産み育て、”岩手人"となり、持ち前の明るさと聡明さで様々なことを乗り越えていった。が、彼女は病に侵され早逝した。Y君が二十歳になる直前のことだった。

長じて妻を娶ったY君は、めったに帰郷することのできなかった母親が生まれ育った地に、8年ぶりに奥さんと共に訪ね来た。そして、母親の兄弟や高校時代の母親の親友に、さらに私の家にも立ち寄り、母親をよく知る妻や私に会った。
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Tさん(Y君の奥さん)の指には、亡きお義母さんが遺した指輪がはまっていた。Tさんがそれをさすりながら言った。「お義母さんを感じるし、これをつけているとお義母さんに見守られているような気がするんです。」


なんと嬉しい言葉だったろうか。生前の義母を知る由のないTさんなのに、天国の義母を感じ、彼女に思いを馳せ、夫君と同様、お義母さんをも大切に思ってくれているのだと知った。鳥肌が立つほど嬉しいことだった。


Y君夫妻は今回の旅を、「ルーツをたどる旅」と位置付けていた。
母親とつながりがあった人たちを訪ね歩くことで、T君は亡き母をより深く偲ぶことができたに違いない。同時に、この旅は、彼が母親を失ってからの心の軌跡を自身の足で確かめるひと時でもあったろう。お義母さんの魂にさりげなく寄り添うことができるTさんだからこそ、夫君の「ルーツをたどる旅」を共にすることができたのだ。

2017年8月12日 (土)

一日の命

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ほとんどほったらかしにしていたサボテンから見事な花が一輪飛び出ていた。ドーム型の本体から太い茎を伸ばし、その先に真っ白な肉厚の花が、「ねえ、見て!」とばかりに咲いていた。純白な花に見入りながら、私は、まったくこのサボテンに目をやらなかったことに申し訳なささを感じ、謝った。


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翌朝、真っ先にこの花を愛でようと、居間のカーテンを開けた。おや、昨日咲いていた花はしぼみ、茎ごと倒れこんでいるではないか。他には一輪も咲いていない。

輝き咲き誇っていた白花は、私を楽しませて一日だけの短い命を終えた。ありがとう。

2017年7月20日 (木)

庭木はきれいになったけれど

伸びきった枝を切り払ってもらった。

庭木の剪定は、私がずっとやってきたが、剪定のノウハウが薄いため、いくつかの木をダメにしてしまったこともある。

そこで今年は、知り合いの、剪定技術を勉強した方にお願いした。彼は70歳の半ばというが、背筋がピンとし、身のこなしが若々しいので、まさかその歳とは思えなかったほどだ。

仕事も早くて丁寧。お願いした本数を剪定するには1日はかかるだろうと踏んでいたが、午後の早いうちに終えてしまった。

剪定が終えたころ、私が仕事場から出ていくと、彼は「樫の木に鳥の巣があって、卵が4個あったから、そこだけ枝を切らずに残しておきました。」と言って、脚立を樫の木の脇に立てかけてくれた。

脚立に上り、巣を覗き込むと、確かにウズラ大の卵が4つ寄り添っていた。何という鳥が産んだのだろうか。

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彼は言う。おそらく親鳥はもうこの巣には近づかないだろう。

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翌朝、親鳥が来ているか巣を見上げて確かめた。巣はシンとしていた。

このままにしておけば孵化しない。どうしたものか。

庭木はすっきりときれいになったが、鳥さんにはたいへん申し訳ないことをした。ごめん。

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