工房紹介

  • 「ささやき窯 楽友」
    工房を構えて10年が経ちました。 大井川流域の木材で建てた工房を訪れた方が、「木の香がするね。」と顔をほころばせて言ってくれます。緑輝く芝庭、緑樹の庭が目と心を癒してくれます。母屋に設けた第1ギャラリーとログハウス2回の第2ギャラリーには私の作品を展示し、販売もしています。                                                                                               陶芸教室に通う生徒さんたちのにこやかな笑顔と、楽しげな会話があふれる陶芸工房です。                                                             「体験陶芸」「教室入会者」募集中です。どうぞお気軽にお問い合わせ下さい。    春休み・夏休みなどの長期休暇には、「子供体験陶芸教室」も開講します。

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カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の871件の記事

2017年8月17日 (木)

ルーツをたどる旅

岩手県のY君が8年ぶりに訪ねてきた。良き伴侶と巡り合い、今回は奥さんを伴っての来訪だ。

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Y君は親戚筋に当たる。静岡の地から、遠く岩手に嫁いだY君のお母さんと私の妻は同い年の従妹同士で、幼少期からとても仲良くしていた。遠方に嫁ぐことになった時、妻は祝福の気持ちとは裏腹に、寂しさを感じたという。お母さんは、かの地で二人の子を産み育て、”岩手人"となり、持ち前の明るさと聡明さで様々なことを乗り越えていった。が、彼女は病に侵され早逝した。Y君が二十歳になる直前のことだった。

長じて妻を娶ったY君は、めったに帰郷することのできなかった母親が生まれ育った地に、8年ぶりに奥さんと共に訪ね来た。そして、母親の兄弟や高校時代の母親の親友に、さらに私の家にも立ち寄り、母親をよく知る妻や私に会った。
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Tさん(Y君の奥さん)の指には、亡きお義母さんが遺した指輪がはまっていた。Tさんがそれをさすりながら言った。「お義母さんを感じるし、これをつけているとお義母さんに見守られているような気がするんです。」


なんと嬉しい言葉だったろうか。生前の義母を知る由のないTさんなのに、天国の義母を感じ、彼女に思いを馳せ、夫君と同様、お義母さんをも大切に思ってくれているのだと知った。鳥肌が立つほど嬉しいことだった。


Y君夫妻は今回の旅を、「ルーツをたどる旅」と位置付けていた。
母親とつながりがあった人たちを訪ね歩くことで、T君は亡き母をより深く偲ぶことができたに違いない。同時に、この旅は、彼が母親を失ってからの心の軌跡を自身の足で確かめるひと時でもあったろう。お義母さんの魂にさりげなく寄り添うことができるTさんだからこそ、夫君の「ルーツをたどる旅」を共にすることができたのだ。

2017年8月12日 (土)

一日の命

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ほとんどほったらかしにしていたサボテンから見事な花が一輪飛び出ていた。ドーム型の本体から太い茎を伸ばし、その先に真っ白な肉厚の花が、「ねえ、見て!」とばかりに咲いていた。純白な花に見入りながら、私は、まったくこのサボテンに目をやらなかったことに申し訳なささを感じ、謝った。


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翌朝、真っ先にこの花を愛でようと、居間のカーテンを開けた。おや、昨日咲いていた花はしぼみ、茎ごと倒れこんでいるではないか。他には一輪も咲いていない。

輝き咲き誇っていた白花は、私を楽しませて一日だけの短い命を終えた。ありがとう。

2017年7月20日 (木)

庭木はきれいになったけれど

伸びきった枝を切り払ってもらった。

庭木の剪定は、私がずっとやってきたが、剪定のノウハウが薄いため、いくつかの木をダメにしてしまったこともある。

そこで今年は、知り合いの、剪定技術を勉強した方にお願いした。彼は70歳の半ばというが、背筋がピンとし、身のこなしが若々しいので、まさかその歳とは思えなかったほどだ。

仕事も早くて丁寧。お願いした本数を剪定するには1日はかかるだろうと踏んでいたが、午後の早いうちに終えてしまった。

剪定が終えたころ、私が仕事場から出ていくと、彼は「樫の木に鳥の巣があって、卵が4個あったから、そこだけ枝を切らずに残しておきました。」と言って、脚立を樫の木の脇に立てかけてくれた。

脚立に上り、巣を覗き込むと、確かにウズラ大の卵が4つ寄り添っていた。何という鳥が産んだのだろうか。

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彼は言う。おそらく親鳥はもうこの巣には近づかないだろう。

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翌朝、親鳥が来ているか巣を見上げて確かめた。巣はシンとしていた。

このままにしておけば孵化しない。どうしたものか。

庭木はすっきりときれいになったが、鳥さんにはたいへん申し訳ないことをした。ごめん。

2017年7月18日 (火)

下見

滋賀県甲賀市信楽町に行ってきた。

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    橋の向こうが信楽高原鉄道の信楽駅

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ささやき窯では、毎年秋に、教室生徒と「陶産地巡り旅」を実施している。今年は“日本六古窯”の一つ、「信楽焼」の里に行く企画をしている。

毎回30人近い参加者があるのだが、昼食時、一同に入れる食堂を探すのが毎年苦労する。信楽に到着するや、今回もまずはそれを探すところから始めた。事前に調べた候補先を一つひとつ訪ね歩き、ここぞと思った食堂で試食して決める。5箇所回った末、決めたのば大小屋゙というところだ。ここは、「信楽焼の販売だけでなく、カフェレストラン、陶芸教室やドッグランもある」店である。

近江牛丼を食べた後、やや濃いめの味付けが難点だったが、ここに決めることにした。そこで、責任者らしき男性店員に声をかけ、団体受け入れの可否を伺った。同時に、近江牛丼の味をもう少し薄めにしてほしいこと、このメニューに1品付けてほしいことなどを申し出た。店員は非常にてきぱきとした応答をし、当方の要求も即座に了承してくれた。店の沿革についての話もしてくれた。


後で調べると、店員は近江窯業(外装、床タイルを手掛ける近江化学陶器の販売会社)の社長だった。社長自らが店に立ち、従業員と一緒になって働いていたのである。


大笑いしたことがある。

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ある鉢専門の店に立ち寄った時のこと。まだ昼食先を探しまわっている時だ。12時半頃だったからとてもお腹がすいていた。広い庭に、所狭しとさまざまな大小の鉢や狸の置物が置かれている。その中で赤いのぼり旗が揺れていた。妻が言った。「あっ、ここで食べられるんじゃない。しょうが焼きって旗に書いてあるよ。」私もそれに目をやると、そうだな、と思って、食堂と見えた和風家屋に寄って行った。そして振り返ってのぼり旗をもう一度見た。

しがらき焼き」と旗に書いてあるではないか。二人大笑いしているところを店員が怪訝そうな顔をしてこちらを見た。店員に顛末を話すと、「よっぽどお腹がすいていたんですね。残念でした。ここは硬いものしか売っていません。」と笑いながら応えた。


電動アシスト付自転車だと坂のある窯元散策路でもらくらくと走れる。今回の下見はとても暑い日だったが、「陶産地巡り旅」で教室生に見せたいところを自家動力を使って回った。

印象に残った人がいる。代々続く窯元を引き継いだ若手陶芸作家、伝統的な信楽焼を仕入れ販売している店の当主。


観光協会にも立ち寄り、ガイドの申込書や数種類の案内書などをいただいてきた。

下見を元に、これから詳細な企画を立てることになる。


ささやき窯陶芸教室では、こうした旅イベントの他、生徒作品展を行ったり、不定期ながら有志による宴会、山歩きなども実施している。「大変だね。」と生徒さんに言われることもあるが、「動くことができる喜び」は、大変さを楽しさに変えてくれる。

2017年7月13日 (木)

ちょっと立ち寄った菓子会社の社員

黒のズボン、白のワイシャツ姿の3人の男がやってきた。何かのセールスだろうか、ちょっと身構えて工房から出た。

「ギャラリーを見せてください。」

年配の男が言った。

「仕事途中ですか。」と私が聞くと、そのようで、時間が余ったので立ち寄ったのだという。

ギャラリーで私の作品を観ながらその男が言った。「いいなあ、俺も窯を買ってやりたいなあ。いいぞ陶芸は。」

20代と思われる男と40代と思われる男が笑顔で頷く。年配男のやや尊大な言動と、他の男たちの様子から上司と部下の関係なのだと見て取れた。


それとなく聞くと、会社の製品売り込みの商談のため、年配男は三重県から、他の2人は愛知県から来たのだと話した。

面白そうなので工房にも招き入れ、「時間が許すならお茶でもどうですか。」と言うと、年配男が一番若い男に、「お菓子を持ってきなさい。」と指示を出した。

若者が大きな紙袋を提げて戻ってきた。年配男が、どうぞ、と言って私に手渡した。こんなにも、と驚きながら紙袋の中をのぞくと、見慣れたお菓子があった。

彼らはこの有名なお菓子を作っている会社の人たちだったのである。

2017年7月 6日 (木)

慣れぬことはするものではない

ふらっと一人で出かけた。妻に行先を告げずにである。

もしかしたら初めてのことかもしれない。

先日、懇意にしている近くの主婦が立ち寄り、こんな話を妻と交わしているのを何気なく聞いていた。


彼女の夫君の話である。夫君は現役のころからそうだったらしいが、休日になると、どこに行くとも家人に言うことなく、釣りに、旅行にと出かけてしまう。つい先ごろのこと。ああ、今日も朝からいないな、と思ったら、日帰りで奈良にお寺を見に行ってきたのだという。そうだと分かるのはただひとつ。お土産だそうだ。一緒に行こうかと妻を誘うこともなくふらりと出かけてしまうことに、夫君は多少の後ろめたさを感じているのだろう。


彼女はそんな夫に愛想を尽かしているわけでもない。自由にどうぞ、と達観している。その方が自分も自由にできるからと。

聞いていて、ふと私もそうしてみたくなった。

そこで、数日後の休みの日、寝袋、洗面具、下着の着替えなどをいそいそと用意し、「ちょっと言ってくるから。」とだけ妻に告げて、伊豆半島、伊東に向かった。が、どうも気が引ける。
伊東駅前の食堂で、注文の品を待つ間に電話をかけてしまった。すると、電話から聞こえてくるのは妻の声以外に賑やかそうな人声。聞くと、来たかったレストランで知人と昼食を楽しんでいると言う。そうか、夫がいなければそれなりに妻も自由に動き回っているのだ。

そうと知っても、なぜかどこに行くとも告げずに出てきたことに後ろめたさがあるのか、一人で幾つかの見どころに寄ってから、午後4時ごろには家に向かって車を走らせていた。

久しぶりの車中泊も反故にして、夕刻には帰宅である。

慣れないことはするものではない。

2017年6月28日 (水)

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工房建物脇にアジサイが咲いている。去年までは淡いブルーでちょっと地味な花を咲かせていたのだが、今年のそれは青色を増して、みずみずしい緑の葉に負けないほどの鮮やかさを見せている。

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昨冬、枯れ果てたようになったアジサイを背丈30㎝になるまで剪定した。「彼」が痛がるのを構わず、あまりにもザクザクと切ったので、「来年は咲いてやらないぞ!」と叫んでいたが。


ゴメン、そして、ありがとう、とカメラを構えながらアジサイに話しかけた。

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2017年6月26日 (月)

長島ダム湖畔で

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気分転換に川根本町までドライブした。

写真は長嶋ダムの湖面である。

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雨不足で取水制限が出ているダム湖の水位がずいぶんと下がっていた。

湖面には漣が経っている。風が創り出す水の芸術に感嘆した。

それを眺めながら、スーパーで買った弁当をほおばった。

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近くを走る井川線の駅にトロッコ電車が停車した。湖畔に座る私たちを見て、乗客が手を振った。私たちも振り返した。
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自然には、しぜんと人間同士の心を通わせる力がある。

昼食後、敷物に寝転がって目を閉じた。小鳥のさえずりが次第に遠のいた。

2017年6月23日 (金)

瀬戸内海の島からの贈り物

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瀬戸内海の小さな島で育ったトウモロコシが送られてきた。

「味来」と名付けられたトウモロコシだ。淡い黄色の小粒なそれは、噛むとプチッとはじけ、甘さが口内に広がる。旨い。私たちだけで食べるのはもったいないので、教室に来た生徒さんたちにも振る舞った。「おいしい。甘~い!」

送り主は、通称「鬼が島」、女木島に住む鬼が島観光協会の横山さんである。昨年この島を訪れた折り、彼女の家に泊めていただいたりして大変お世話になった方だ。

トウモロコシを食べながら女木島を歩いた時のこと、横山さんたちのことなどを懐かしく思い起こした。

また行きたい、と思った。

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2017年6月 5日 (月)

拾った美術作品

庭の片隅で密かに横たわっていた「美術作品」を見つけた。

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すぐに拾い上げて陽に透かしたり、ガラス窓に押し当てたりして幾何学的な模様に感嘆した。

昨秋落葉したコブシの葉である。その形を残したまま冬を越し、春を過ごし、色変え朽ち果てながら土に還る準備をしていたのだろう。

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