工房紹介

  • 「ささやき窯 楽友」
    工房を構えて10年が経ちました。 大井川流域の木材で建てた工房を訪れた方が、「木の香がするね。」と顔をほころばせて言ってくれます。緑輝く芝庭、緑樹の庭が目と心を癒してくれます。母屋に設けた第1ギャラリーとログハウス2回の第2ギャラリーには私の作品を展示し、販売もしています。                                                                                               陶芸教室に通う生徒さんたちのにこやかな笑顔と、楽しげな会話があふれる陶芸工房です。                                                             「体験陶芸」「教室入会者」募集中です。どうぞお気軽にお問い合わせ下さい。    春休み・夏休みなどの長期休暇には、「子供体験陶芸教室」も開講します。

結婚式で両親にプレゼント

  • 結婚式で手作りの器を両親にプレゼントしませんか。 結婚前に二人がする最初の共同作業です。両親への感謝の気持ちがいっぱい詰まった器が出来上がると思います。このブログ内のカテゴリー「結婚式:父母に贈り物を手作りで」をご覧ください。
無料ブログはココログ

カテゴリー「連載もの」の148件の記事

2013年4月 5日 (金)

居所近隣自慢 最終回

 家から歩いてさほど遠くない所に歴史を刻む見所がある。静かな里山がある。どこまでも続く茶畑がある。富士山や駿河湾、南アルプスが望める。

まさに静岡を象徴する自慢の風物が身近にある。

運動不足解消のための半日ウォーキングは、寄り道だらけの歩きになってしまったけれど、古里の自慢スポットを改めて見つめる機会にもなった。そして思う。ああ、私の住んでいる所はいいところだ、と。ここが大好きだ、と。


さらに思う。大震災で故郷を追われた被災者の辛い心と、前向きに歩き始めた強さを。






 

 

2013年4月 3日 (水)

居所近隣自慢 その8

迷った。来た道を一気に引き返せば暗くなる前に帰着する。でも久しぶりにここまで歩いてきたのだから、今いる小夜中の峠から南にある山、火剣山(ひつるぎさん)まで足を伸ばしたい。どうしよう。勝手知ったる道とはいえ、ヘッドランプも持たずに来ているから暗くなったらちょっと不安だ・・・・。迷いながらも足は次なる山に向いていた。

Dsc03751_2







Dsc03754
ほぼ駆け足で尾根道を下った。足を止め東を望むと、火剣山の山影の向こうに国1バイパスと牧之原台地が見えた。あそこまで大急ぎで戻らなければ・・・。息を整え、再び急ぎ足で火剣坊大権現が祀られている山頂へと向かう。息絶え絶えで山頂に到着。前かがみになり、両手を膝に置いてハーハーと息をした。心地よい疲れだった。



Dsc03753
 太陽は山の端を滑り落ちていた。林の中に射す陽が途絶えた。標高282メートルに建つ大権現を祀る社の前に立ち合掌し、すばやく踵を返した。この山はかつては修験者の山、信仰の山だった。女人禁制だったとも聞いている。ここも歴史を刻んできた場所なのだ。



 


Dsc03755_2




Dsc03756


薄暗くなった山林の道を駆け足で下った。菊川、間の宿(あいのしゅく)集落を抜け、旧東海道菊川坂まで、この年でよくぞ走ったと自身で感心するほど走ってきた。さすがに薄暗い中で石畳を走り登るのは怖い。今度はゆっくりと元来た坂を歩き出す。しばらくして振り向く。集落が空色と溶け合い始め、外灯が灯った。さっき上り下ってきた山も暗藍色に変わりつつあった。夕暮れ時の光景を見やっていると、石畳脇の桜の枝が揺れ、私の頭をなでた。ほれ、立ち止まっていないで早く歩けと促されたと思った。帰りの方向に向き直り、石畳の先を仰いだ。暗い。外灯は昔も今もここにはない。これでいい。外灯は似合わない場所だ。真の暗闇が石畳を覆い始めた。歩く。歌う。歩く。フー。台地の上に飛び出た。


Dsc03758
Dsc03767


諏訪原城址入口にある喫茶店(アルム)からもれる灯りがことのほか美しく見えた。
茶畑は黒色の塊となり、防霜ファン、テレビ電波塔が暮色の中で影絵となった。

Dsc03769
Dsc03771


 

2013年4月 1日 (月)

居所近隣自慢 その7

Dsc03724

小夜の中山峠にある史跡、久遠寺の山門を出る。直ぐ右手に茶屋がある。子育て飴などを売っている茶店、扇屋だ。店は閉じていた。230年ほど前、天明6年に尾張藩主 高力種信(こうりきたねのぶ)が描いた東海道の風物、『東海道便覧図略』の一枚に寺や飴屋などが描かれているというから、建物自体は建て替えられたのだろうけれど、往時がしのばれる建物である。


Dsc03729


もう少し早く来ていれば茶店に寄り、茶をいただき、ついでにビールを買って見晴らしのきく場所でグイとやりたかったのだが・・・。


茶店の前には西行法師の歌碑が建つ。


東の方に知人を訪ねって行ったときのことを思い起こし、あの小夜の中山を越えたのDsc03727


もずいぶん昔の事だったなあと懐かしんだという意味の刻

文を読みながら、私は、西行や芭蕉、幾多の大名や庶民が峠越えをして西に東にと長く大変な旅をしていたころの旅姿を目の前に想い描いていた。



西行法師歌碑にはこんな句も刻まれている。

 年たけて また越ゆべしと おもひきや いのちなりけり さやの中山

小夜の中山峠は、箱根峠、鈴鹿峠とならぶ東海道の三大難所の一つと言われていた。

昔の旅人にとって、遠くに旅立つことは命懸けだった。ましてや年老いて難所を通り越すのは容易でなかったに違いない。

小夜中の公園は私以外誰もいない。陽は既に山の端すれすれに傾いていた。

Dsc03736



公園の小高くなった場所にも石碑がある。そこにも西行法師の句が刻まれている。

 風になびく 富士の煙の空に消えて ゆくへも知らぬ わが思ひかな


Dsc03739


平安末期の歌人西行は、空に消えゆく富士山の噴煙を眺めるにつけ、自身の思いもあのように消えゆきて行方知らずになってしまうのかと嘆いていたのだろうか。妻子を捨て旅だった西行の思いとは・・・。西行について多くのことを知らない私だが、平安時代を生きた人の思いも現代人のそれも変わりないことだけは知ることが出来る。


Dsc03740



碑の前にある石のベンチに腰を下ろし、富士山がある方向を見やった。この日は中国から飛んできた黄砂に阻まれてか、その雄姿は見えなかった。

Dsc03749

西行歌碑の左側面には、やはり平安の歌人、橘為仲(たちばなためなか)の歌が刻まれている。

 旅寝する さよの中山 さよ中に 鹿ぞ鳴くなる 妻や恋しき





 

2013年3月23日 (土)

居所近隣自慢 その6

菊川の里、「間の宿」で一夜を送り、体を癒した古の旅人はわらじの紐をしっかりと結わえ次なる峠越えに歩を進めた。待ち受けるは小夜中の峠だ。

 

Dsc03695


Dsc03687


私は街道沿いにある地蔵尊に手を合わせて峠に向かった。あまりにも寄り道ばかりしていたので茶店がある峠ま


で行くと、帰宅する途中で日が暮れるだろうと分かってはいたが、急坂を上って行った。振り向けば国道1号線と私が住む牧の原台地が見える。
Dsc03696

Dsc03700


 峠には寺がある。久遠寺という。住職はいない。境内に入る。西日が陰影をつくっている。ここには「夜泣き石」なる球状の大石が祀られている。その昔、石という妊婦が菊川の里に働きに行った帰り道、山賊に襲われて切り殺された。切り口から子が生まれた。住職はその子を飴で育てた。長じたその子は仇討ちを果たした。この話を聞いた弘法大師がお石に同情し、石に仏号をつけて立ち去った。そんな話が伝わるお寺である。


Dsc03705


茶亭跡の立て看板ががひっそりとある。掛川城主山之内一豊が、大阪から会津の上杉景勝攻めに向かう徳川家康をもてなした茶亭だという。

Dsc03708


Dsc03712


Dsc03722


Dsc03716_2





その横に、どういうわけか、あの有名な像があった。二宮金次郎さんだ。かつては日本中の小学校に、背には薪を、手には本を持ったこの像が建てられていた。歌が歌われていたこともあったと聞く。最近、お年寄りの集まりに呼ばれてお話などをした折、あるお年寄りがこの歌を披露していた。私にとって初めて聞く歌だったので、歌詞をメモしておいた。こんな詞である。

柴刈り 縄ない わらじを作り 親の手助け 弟を世話し 兄弟仲良く孝行尽くす 手本は二宮金次郎


 境内は射し入っていた西日落ち、ややうす暗くなった。いつごろ建てられたのか知らぬが、風雨、暑さに耐えて、金次郎は今日も働きながら読本に目を落としていた。

2013年3月21日 (木)

居所近隣自慢 その5

 

 自宅を出て2時間が過ぎた。当初の予定ではウォーキング終了の時間である。が、あっちにこっちに寄り道するのんびり一人歩きとなった。春風が私を誘うのだ。

Dsc03679

“承久の乱”で捕えられ、鎌倉に贈られる途上、この地で絶命した中納言藤原宗行卿の塚がある。

 菊川の坂(石畳)を下りきり、100m程行くと路地がある。そこを右折する。龍谷山 法音寺への入口だ。境内に入らずに


Dsc03681_2


右へと進むと国道1号線バイパスの高架が見えてくる。そこをくぐると表面が欠け落ちた石の道標と小さな祠がある。道標は宗行卿の塚がある方向を教えているのがかろうじて判読できる。道標の前には錆びた童の像が据えられていた。その上方に茶波がなだらかにせりあがっている。林の中から鶯の鳴き声が聞こえてきた。ホーホキョ、ホーキョと断続的に啼いている。春本番に向け猛練習中のようだ。


 

Dsc03684
Dsc03686




 塚は、うなり声張り上げて往来している自動車専用道のすぐ脇にあった。河津桜が塚に彩りを与えていた。


 

 800年も前に起きた歴史上の事件、承久しの乱に関わる人


物がこの小さな宿場まで護送され、数日後には斬られて絶命した。枯草に座って喉をうるおしながら、かの人物の無念さを想った。




Dsc03668
Dsc03670


Dsc03672


Dsc03673


Dsc03677

2013年3月19日 (火)

居所近隣自慢 その4

 諏訪原城跡で兵(つわもの)の霊に頭(こうべ)を下げ、城跡を後にした。やや西に進む。再び旧東海道石畳となる。菊川坂である。この石畳は、平成13年、「平成の道普請」で住民が持ち寄った石で大部分を復元したが、江戸時代後期の石畳が161mにわたって現存している。その昔、東海道53宿のひとつ掛川宿に向かった旅人はこの急坂を下り、小夜の中山の峠を越えなければならなかった。歩き疲れた旅人、夕暮れに峠を越えねばならなくなった旅人は、この坂を下った小さな宿場、菊川の宿で体を休めた。金谷宿と掛川宿の間にある宿場であったことから、「間の宿(あいのしゅく)」と呼ばれた。

                    現存する石畳と「間の宿」集落

Dsc03657

Dsc03655

Dsc03656


 

 天気のいい昼時だったが、石畳を歩いている者は私以外誰もいない。なまった体を活性させるためのウォーキングだったのに、石畳をゆうるりと歩き、時折傍らの大石に腰を下ろす。いつもの早足ウーォーキングでは気が付かないものが見えてくる。見慣れた光景もいつもと違って見える。古人の旅心を想ったりもする。

Dsc03635

Dsc03641
石畳を下りきる。右手の斜面が黄・桃・白・緑鮮やかに染まっている。しばし見とれシャッターを押した。

Dsc03662




 

2013年3月16日 (土)

居所近隣自慢 その3




 Dsc03630

 Dsc03602


芭蕉句碑から西へ数分歩くと、国指定文化財 諏訪原城跡に至る。今までは、甲冑を身につけた強者が現れてきそうなほどうっそうとして薄暗かったが、整備が進められ、見学順路などの看板も整えられたお蔭で足を踏み入れやすくなった。


 諏訪原城は、440年前、「武田勝頼の家臣、馬場美濃守氏勝が築城奉行として築かれた規模雄大な山城」である。当時の東Dsc03616


海道武田領の最前線の要害となったもので、自然堀、人口の大小の堀は深く急斜面だ。


 私は、西日射し入る城跡深く入り込んで、天守閣があったであろう本丸跡で寝そべり天を仰いだ。強い風に流されて東に飛んでいくふうわりとした白雲を何気なく見やった。ほかには誰もいない。

風と小鳥の鳴き声が城跡に流れていた。その中に戦国時代の武将たちの息遣いが聞こえた。

Dsc03611
Dsc03613


Dsc03629
                      本丸跡

Dsc03623


Dsc03626

                    本丸跡からは島田、金谷の町が一望できる

 

2013年3月15日 (金)

居所近隣自慢 その2

 Dsc03590

             芭蕉句碑

 旧東海道石畳に向かう前に寄り道した。毎年、春の楽しみをもたらしてくれる原っぱである。まだだとは解ってはいたが、もしかしたら、とも思って道からそれて下りてみた。一面薄茶色の原だが、ところどころに緑が顔を出している。でもワラビらしき姿はどこにもみあたらなかった。

Dsc03575


Dsc03573








 金谷坂の石畳を登り切り、左後方を見やると大きな石碑が目に飛び込んでくる。「明治天皇御駐輦(れん)址」の碑である。手車に乗った天皇がここで一休みしたのだろう。その隣には拳のような大きな石碑が立っている。松尾芭蕉の句碑。「馬に寝て残夢月遠し茶の烟(煙)」と刻されている。『野ざらし紀行』の旅の途上、馬上で仮眠しながらこの地を通ったのだろう。


 

 ウォーキング途中にこうした所で足を止め、しばし古人のことを想うのもおもしろい。

Dsc03588_2

2013年3月14日 (木)

居所近隣自慢 その1

 

 久しぶりに近隣をハイキングした。家を出ておよそ4時間後、暮色蒼然とした茶畑の道を家へと急いだ。

 

 誰もがそうなのだろうが、自分の住む所はいいなあ、と思う。振り返れば、今までにずいぶんとあちこちで暮らしたが、終の棲家になるであろうこの場所は殊更気に入っている。ここ、牧之原台地は標高が200mほどある。台地一面は茶畑で覆われ、どこを見ても目に優しい緑、緑、緑だ。駿河湾も見下ろせ、3000m峰の南アルプス、霊峰富士も一望できる。忙しすぎて気がめいったとき、体が疲れた時、そんな時に家を飛出し、数分も歩けばそうした景色と巡り合える。


 いや、まだまだある。歴史散策するにももってこいの所が。

本当は運動不足解消のためひたすら歩くことを目的に出たのだが、あっちに寄り、こっちに足止めされながら歩くことになった。

きょうからわが居所近隣、自慢の場所を写真入りでご紹介したい。

ささやき窯 楽友のギャラリーや体験陶芸に来てくださった皆さんにもぜひ足を運んでいただきたい所だ。


まずは旧東海道石畳。江戸時代多くの旅人、そして参勤交代の大名が歩いた道である。

ささやき窯から10分ほど歩くとここに至る。
Dsc03586


Dsc03576

Dsc03577
Dsc03578
Dsc03579


Dsc03581


Dsc03597



Dsc03585


 

2011年5月28日 (土)

懐かしの書き物から その13

 昨日のつづきです。 20年前、中学生だった娘に宛てて書いた手紙に対する返事はだいぶ経ってからだった。 何を書こうかずいぶん悩んだのだろう。                                            

                                                           

 お父さんお母さんへ                                            

                                                           

 すっっっっごく遅れてゴメンナサイ・・・・。お父さん、あんなbeautiulなお手紙ありがとうございました。私はあの手紙を読んで一番心打たれたのはお母さんの書いた日記です。       

                                                           

 お母さんは、おばあちゃんに育てられたことは話してくれたことがありました。その話の中では自分の親のことはなにも言いませんでした。だから私は、お母さんは親がいなくてもさみしいとか悲しいとか思わないのかな、と思いました。

 でも、あの手紙を読んでわかったのです。お母さんは私には絶対にわからない悲しみを乗り越えてきたのだと・・・。                                       

    お母さん、今幸せ? 

私は幸せ。お父さんがいて、お母さんがいて、お姉ちゃん、弟、部活の友達、クラスの友達もいて。                                                    

                                                         

 私には何一つ悲しむことなんてない。ホント幸せだと思う。お姉ちゃんも言っていたけど「この幸せをこわしたくない」と思う。エヘヘ・・・

 私にはお姉ちゃんみたいに上手に自分の思っていることが文章として書けない。だからもっといろいろな本を読むようにするね。お父さんに言われなくても読むようにするよ。今度図書館に連れて行ってね。それから、これからも部活の送り迎えお願いします。お母さん、早い部活のときのお弁当などこれからもお願いします。              byあやみ                                       

                                                                                                                                                       

                                                                                                                              

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                       

                                                                                                                       

より以前の記事一覧

2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
フォト